2月分の「名言との対話」の人選と本の注文。

「大正から昭和へ」の誕生日編の2月で取り上げる人と本。


多湖 輝 「頭のいい子が育つ親の習慣 」(中経の文庫) 。
青木 日出雄「ガンを見すえて生きる―告知からの出発」
森 政弘 「人がいい人」は「いい人」か―ロボット博士の人間探求
桃井 真「ケネディにつづく若者たち―”ジャーナリスト”のハーバード大学留学記 (1963年)」 (How to books)
中村 正軌 元首の謀叛(下) (文春文庫 )
石浜 恒夫「追憶の川端康成―ノーベル紀行」 (1973年)
増田 義郎「 マゼラン 地球をひとつにした男 (大航海者の世界)
川添 登 「デザインとは何か (1971年) (角川選書) 」
私の履歴書―昭和の経営者群像〈5〉
フランキー堺写楽道行」
粟津潔「 デザインになにができるか 」
兼高 かおる 「わたくしが旅から学んだこと 」(小学館文庫)
加藤仁「社長の椅子が泣いている
長澤 和俊 「世界探検史 」(講談社学術文庫)
坂上 遼 「ロッキード秘録 吉永祐介と四十七人の特捜検事たち 」
平山郁夫「出会い―わが師わが道 」
紀平 悌子 父と娘の昭和悲史
陳 舜臣 「弥縫録(びほうろく)―中国名言集 」(中公文庫)

ーーーー

今日の収穫

俵万智「二十歳とはロングヘアーをなびかせて畏れを知らぬ春のヴィーナス」。

これは与謝野晶子「その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春の美しきかな」の現代語訳。(『チョコレート語訳 みだれ髪』)。素晴らしい。

 

 

 

 

「名言との対話」1月16日。吉野弘「ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ」

吉野 弘(よしの ひろし、1926年大正15年)1月16日 - 2014年平成26年)1月15日)は、日本詩人

山形県酒田市生まれ。山形県酒田市立酒田商業学校を戦時繰り上げ卒業。帝国石油に就職。過労のため肺結核のため3年間療養した。コピーライターを経て文筆業になる。「櫂」同人。 1972年、『感傷旅行』で第23回読売文学賞の詩歌俳句賞。1990年、『自然渋滞』で第5回詩歌文学館賞。「祝婚」のほか、国語教科書にも掲載された「夕焼け」、「I was born」、「虹の足」などがある。ドラマ「ふぞろいの林檎たち」(山田太一)のセリフに登場したり、ロックアーティスト・浜田省吾のアルバム中に引用されたりしたほか、いくつもの教科書に掲載されている。

以上が経歴だが、本人が自らの素性を語ると以下のようになる「37歳でサラリーマンを辞める。経理マン、次に労務マンとして社内報を担当。浅草寺のおみくじをひくと「この年の星まわりの人は、愚痴はこぼすが、こぼすだけで決断と実行力に乏しい。一生、愚痴をこぼしているでしょう」とあって、歯ぎしりする。それが辞めるきっかけになった。CM事務所のコピーライターになるが、39歳、けんかして独立するも不況で解散。46歳で出した詩集『感傷旅行』が翌年に読売文学賞を受賞。50歳前までは、時間の自由を得るかわりに収入が激減し、その分をカバーするために働いた。書いている55歳は中年後期と認識している。中年はおみくじの言葉に身体を刺しぬかれたのが始まりだった」。

「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい」「パチンコに走る指たちを責めるな。麻雀を囲む膝たちを責めるな。水のない多忙な苦役の谷間に、われを忘れようとする苦しみたちをも責めるな」、など吉野弘の詩は優しい視線が特徴だ。

 

 今回、吉野のエッセイ集 『詩の一歩手前で』(河出文庫)を読んだ。

「外国の軍隊より先に、祖国に対して自衛しなければならないように思えてくる」と公害問題を摘発している。また、この人はあらゆるものに怒っている。電車内では、座り方、新聞を読む人の作法、あくび、くしゃみ、混んでいる空間での持ち物の持ち方の無神経さ。すべて他者が欠落している。また疑獄事にも。そしてその刃は自分にも向かう。

詩人らしく、言葉にも敏感だ。「第一戦」「破損中」は間違い。誤字の解説はユニークだ。「見構え」「冷暖防」「孫にも衣裳」「鳩首を集めて協議」「古枯し」「視先」「自満」「快刀乱麻の大活躍」「一諸」「完壁」「貯める」「一勢に「抱擁力」「五里夢中」、、、。「幸と辛」「土と士」「往と住」「怒と恕」「舞と無」「末と未」の関係と違いなどの蘊蓄も面白い。

祝婚歌」が代表作だ。「祝婚歌」は吉野が姪の結婚式に出席できないため、姪夫婦に書き送った詩である。夫婦のあり方の提言であり、結婚式の祝辞でよく使われる。

2人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい  完璧なんて不自然なことだとうそぶいているほうがいい 2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が 自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい 派でありたいとか 正しくありたいとかいう無理な緊張には 色目をつかわず ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい 健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさにふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい そして なぜ胸が熱くなるのか黙っていても 2人にはわかるのであってほしい

長女奈々子に向けた詩「奈々子に」もいい。親の愛情がわかる名詩だ。

赤い林檎の頬をして 眠っている 奈々子 お前のお母さんの頬の赤さは そっくり
奈々子の頬にいってしまって ひところのお母さんの つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにもちょっと 酸っぱい思いがふえた 唐突だが 奈々子 お父さんは お前に 多くを期待しないだろう ひとが ほかからの期待に応えようとして どんなに
自分を駄目にしてしまうか お父さんは はっきり 知ってしまったから お父さんが
お前にあげたいものは 健康と 自分を愛する心だ ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ 自分を愛することをやめるとき ひとは 他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう 自分があるとき 他人があり 世界がある お父さんにも お母さんにも 酸っぱい苦労が増えた 苦労は 今は お前にあげられない お前にあげたいものは 香りのよい健康と かちとるにむづかしく はぐくむにむづかしい 自分を愛する心だ

 2014年に87歳で永眠したが、死後もさまざまなイベントがあり、注目を集める現代詩作家の一人である。詩は永遠の命を持っている。吉野弘は最愛の娘・奈々子に「自分を愛せ」と語りかけた。それが世界の始まりだからだ。『詩の一歩手前で』ではなく、詩集そのものを手にしたい。

 

吉野弘エッセイ集 詩の一歩手前で (河出文庫)