こういうデザイン・装丁の本も出してみたいなあ。

 

松田俊秀君から贈られてきた歌集「セ・ラ・ヴィ」(本阿弥書店)。

表紙はパリのエッフェル塔を描いた小杉小次郎画伯の素敵なデザインです。「セ・ラ・ヴィ」はフランス語で「それが人生さ」と少し投げやりにとられがちの言葉ですが、著者の小笠原信之さんは「これこそ我が人生」と前向きにとらえてタイトルをつけている。喜寿を迎えた著者は、ホテルマンとして55年の歳月を過ごし、ワインの「ソムリエ」として有名な人らしい。現在は散歩、歌作り、編集(短歌結社の機関誌か)と多忙な日々を送っている様子です。現在から過去にさかのぼっていくという編集は面白い。おさめられている418首の短歌は今からじっくりと堪能したいと思います。

簡単な「著者略歴」ではこの歌人の経歴は謎です。ぱらぱらめくってみましたが、出自、家族、出身校、歌の記憶、旅、青春の日々、、などの歌をながめていくと、歌人の歴史がしだいにわかっていくという意図があるように思いました。歌集とは自分史です。

あらためて本のデザインの重要性を認識しました。エッセイなどは内容と同じくらい装丁が大事だと思いました。こういうデザインの本も出してみたいと思わせるつくりです。

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明日の図解塾の課外授業「人物記念館の旅」の準備。資料の整理。事実、数字の確認。調査・データの修正と追加。そういえば、この分野の本は出していないなあ。図解はアタマの体操で、人物はココロの体操と考えたい。音楽、美術、文芸などはココロの柔軟体操でしょうか。

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「名言との対話」3月2日。神坂次郎「家訓社訓はヒト臭い」

神坂 次郎(こうさか じろう、1927年3月2日 - )は、日本小説家

陸軍航空学校を出て飛行兵となり終戦を迎える。郷里の和歌山県にすみ,歴史小説をかくいていく。

1974年には18年をかけてまとめた『元禄御畳奉行の日記』がロングセラーになる。日記、手記、遺言、手紙、証言などをもとに戦友たちへの鎮魂歌『今日われ生きてあり』という戦争記録文学を1985年に書く。歴史の中に埋もれた無名の人間の生き様を書くことによって現代を問うという一貫したスタイルが、神坂の持ち味だ。 1987年『縛られた巨人 南方熊楠生涯』で大衆文学研究賞。2003年、師の名前を冠した長谷川伸賞を受賞する。

経歴を眺めると1966年の『かれいの砦』から、2006年の『漂民ダンケッチの生涯』まで40年間にわたり、間断なく毎年一定のリズムで著作を発表しており、65冊の単著をものしている。

『男 この言葉』(新潮文庫)を読んだ。1992年刊行の本の文庫版である。読むと長年の蓄積のもとで編み出された本であることがわかる。

「はじめにーー家訓社訓はヒト臭い」では、家訓、庭訓(父の教え)、家法、掟書、遺訓、壁書、藩訓、社是、社訓、などを参照したとある。硬直した教訓集の強い建前の教えではなく、荒々しい乱世の武将たちの血が出るような教えや、近江、伊勢、大坂の商人たちの実践派の商訓がいいとしている。

岩垣光定「世渡りの業は、傘のごとくすべし」。三野村利左衛門「凡百の事、繁を省き簡をとれ」。河村瑞賢「なすとこりはみな夢幻にして、実相を悟るべし」。黒田如水「分別過ぐれば大事の合戦はなし難し」。、、、。

「すぐれた「訓」(おしえ)のなかには、先人たちが遺した人生の知恵が凝縮している。そんな、歴史の舞台を足早に通りすぎていった男たちの哀歓と、かれらの人生を読み、その横顔を垣間見るのも興味深い」が、この人の執筆のエネルギーだろう。

この「名言との対話」では、個人の名言に焦点をあてて選んでいるが、家、藩、企業などを運営する考え方を示す「訓」も面白そうだ。企業ミュージアムを探訪する折には、「ヒト臭さ」のこもった訓をさがすことも意識してみよう。 

男 この言葉 (新潮文庫)

 

日本ペンクラブ理事。