土曜日の午後は、妻と一緒にまず青葉城を訪ねる。伊達政宗が本丸を定めた後、平原を見下ろして、芭蕉の辻を起点に定めたという故事を感じながら、百万都市にまで育った美しい仙台の姿を眺める。
ここには政宗の凛々しい騎馬像が建っている。
また荒城の月の詩が刻まれた晩翠の碑や「心のやとのみやき野よ 乱れて熱きわか身には 日かけもうすく草枯れて 荒れたる野こそうれしけれ」と刻まれた藤村の碑も見える
少し下った三の丸跡。現在は仙台市博物館となっている建物の庭には、いくつかの故人の碑があった。
「海国兵談」を書いた林子平の碑。何でも寛政の三奇人の一人とかで、顔を見ると目が異様に大きく、変わった人だったろうなあと納得。
「親もなし妻なし子なし はん木なしかねもなければ 死にたくもなし」は面白い。
小笠原諸島の発見の史実を書いた「三国通覧図説」がフランス語訳されていて、これが証拠となって日本領になったという。
魯迅に関しては、2001年の生誕120年にあたって中国紹興市(魯迅の故郷)から贈られた英語・日本語・中国語で書かれた文章と胸像。1964年に日本と中国の相互理解の一歩として魯迅顕彰会が建立した魯迅顕彰碑。碑銘は郭沫若の筆でレリーフは翁朝盛。そして生誕100年記念のライラックの植樹、逝世50周年記念の花海○という木などが記念に植樹されている。
阿部次郎の碑もあった。「白雲の行方を問はむ秋の空」という「三太郎の日記」の一節が刻まれている。
今日の歩数は、犬の散歩を入れて、7000歩。