「北斎と広重」展(仙台三越店)--原安三郎秘蔵浮世絵風景画コレクション初公開

日本化薬株式会社元会長・原安三郎(1884--1982年)が蒐集したコレクションの中から、近代ヨーロッパ印象派ゴッホ等著名な画家たちが強い影響を受けた二大絵師、北斎と広重の逸品の展覧会が仙台三越で開催中だ。出品作品は240点で、思いのほか大きな展覧会だった。


北斎の人気ランキングでは、1位が「神奈川沖浪裏」(富士山を飲み込みそうな大波)、2位が赤富士と呼ばれる「凱風快晴」だった。この赤富士は先日東京での「北斎展」でコピーを買ってリビングで楽しんでいる。北斎の絵は、「諸国瀧廻り」(名瀑)、「千絵の海」、「諸国名橋奇覧」、「雪月花」などを楽しんだ。



歌川広重(1797年ーー1858年)は、北斎より37年後に生まれた。13歳で定火消同心の家督を継ぐが、15歳で歌川豊広に入門し、27歳で家督を譲り制作に専念する。大胆な構図を得意とした北斎に対し、「江戸のカメラマン」と呼ばれた広重は写生的な作風だ。ゴッホ(1853--1890年)は、広重の晩年の作に強い影響を受けている。


まず、「十二ヶ月風俗図短冊」では、1月は万歳、二月は初午、三月は花見、四月は田植え、五月は茶摘み、六月は富士詣で、七月は盆踊り、八月は仲秋、九月は重陽、十月は紅楓、十一月は顔見世、十二月は煤払いと日本の一年の行事を描いている。


代表作である「東海道五十三次之内」は、北斎富嶽三十六景と比較されるが、広重は道中の臨場感を出すために人物を大胆に配し、観る人に旅の疑似体験をさせようとする意図が見てとれる。この揃い物は、日本橋朝之景から始まって品川日の出、、、そして最後は京師三条大橋で終わる。


東海道張交図会(一枚に3−5枚の図をバランスよく配す)、「東都名所」(東都は東京のこと)、「近江八景」、「四季江都名所」(江都は東京)(名所図と狂歌の組み合わせ)、「諸国六玉河)、「義経一代記之内」、「箱根七湯図会」、「雪月花」、「富士三十六景」、など見事な作品が大量に並んで堪能した。


オランダ・アムステルダムの国立ゴッホ美術館には500点近い浮世絵版画が所蔵されているが、1880年代のヨーロッパはジャポニズムが開花した時期だ。ゴッホの「花咲く梅ノ木」は、浮世絵そのものの模写に近い。「雨中の橋」は油絵で描いた浮世絵である。有名な「タンギー親父の肖像」は、よく観ると背景に花魁、役者絵、富士、桜などを配しているのは面白い。ゴッホは「私の仕事の全てはある意味で日本美術を基礎としている」とも語っているから、広重の西洋の遠近法である透視図法を充分に消化してすっきりとした整理された作風は、絵画の世界において後の世に与えた影響は非常に大きいことがわかる。



北斎と広重という二人のライバルは、作風、画名の考え方、生活のレベル、主観と客観、弟子の多少、死への考え方など、対照的な人生を送っている。