「富田勲 仏法僧に捧げるシンフォニー」(NHKBS放送)

NHKBS放送の夜9時からの1時間半の番組を観た。

シンセサイザー富田勲は63年前に疎開先の愛知県で鳳来寺山を訪れる。そのとき聞いた「仏法僧」(コノハズク)の「ブッポーソー」の鳴声に魅せられる。この番組は仏法僧をテーマとした曲が出来上がる過程を追いながら、有名になったこの鳴声がすり鉢状になっている鳳来寺山の空間の構造からきていることを明らかにしていく。多くの人が仏法僧の鳴声の素晴らしさを語っていく。リール状の録音機で声を録音していた人も紹介される。


富田勲の人生に深く影響を与えているのは、6歳の時父に連れられて行った北京郊外の天檀公園の「回音壁」での体験である。ある一点に立っていると城壁の中で発するすべての音が集まってくるような感じがする不思議な場所がある。ここは今では北京の名所になっており、私も行った記憶がある。この体験が富田を長い音響の旅に連れ出すことになった。


番組では1976年のアメリカRCAレコードから出した「The Planets」が米ビルボードクラシカル・チャート1位になった様子や若く野心的な風貌の富田の映像や当時の家族写真も紹介された。NHK大河ドラマの「花の生涯」などのテーマ曲や、「新日本紀行」の素晴らしいテーマ曲などの調べも懐かしい。


今回のシンフォニーは、尺八の藤原道山、琵琶の坂田美子、パーカッション梯郁夫、鳳来寺小学校と庭野小学校の生徒たちが、この山のあちこちに散在してそれぞれの楽器を鳴らし、コーラスをして、富田の指揮のもと、雄大なハーモニーを奏でるという壮大な挑戦である。尺八の妙なる音、琵琶の音色など個別に聴く音も素晴らしい。仏法僧が再びこの地に戻って鳴いて欲しいという願いをこめた音楽や歌声が聴こえてくる。途中雨が降り出したりなどのハプニングはあったが、一体感のある音の響きがこの山を覆う。


厳かさも漂う演奏を静かに聴いたが、番組の最後に仏法僧の鳴き声が響く。コーラスに参加した少年たちが、どこから聞こえてくるのかなとあたりをみまわしているところで終わる。本当に鳥が現れたのかは謎に包まれたまま終わるという趣向である。


うちでは家族4人が揃ってこの番組を観たのだが、音楽をやる息子は「富田先生の目は少年のように輝いていた」「音楽と音響に対するこだわりは凄い」と感心していた。

残念ながらわが家は5.1chサラウンドなどこのサウンドをそのまま聴けるような仕掛けがないが、富田先生の新しい挑戦の素晴らしさは実感できた。


ドナウ川での舟やヘリコプターを動員した超立体音響、シドニー湾でのオーストラリア建国200年祭、ドナウ川での花火とピアノのイベントコンサート、比叡山延暦寺での源氏物語幻想交響絵巻など私の記憶にあるものだけでも、スケールの大きさに圧倒される。世界や日本の歴史を刻んだ舞台の選定、そして現在の世界で用いることのできる優れた才能と技術の大いなる結集。富田勲の創りあげたトミタサウンドは、富田自身の構想力と実行力によって成立していると思う。



今週の月曜日に旧知の富田勲先生からこの番組を観て欲しいとメールがあった。自分は70代になったが、耳はまだいいのでこの世界に没頭しています、という内容が添えてあった。

富田先生とは10数年のお付き合いになった。最近は毎年一度は秩父の小池という蕎麦屋大吟醸と蕎麦を堪能する会でご一緒するのだが、思い返せばまだきちんとした場所で富田サウンドを堪能したことがないことに改めて気がついた。来年は必ず富田先生の仕事とじかに接しようと決心した。