元旦に近所の賀茂神社で御神籤を引いたら「吉」だった。昨年は「末吉」だったから今年の方がいいと思うようにしよう。この「吉」と「中吉」はどちらがいのだろうかと少し気になった。どっちだろう?
年末年始は本を読んでいる。
鋭い舌鋒で文芸評論を書く関西大学の谷沢永一は、私は司馬遼太郎の解説者として親しんでいる。この谷沢永一が書いた「執筆論」(東洋経済新報社)を読んだ。200冊を超える著作活動の秘密を垣間見るように読んだ。抽象的な叙述ではなく、具体的な著述に即して書いた本である。一冊一冊が勝負というか、それぞれ力を入れて書いている様子がわかって頭がさがる。
上智大学の渡部昇一の本は1976年のベストセラー「知的生活の方法」(講談社現代新書)以来、翻訳もの、歴史もの、時事ものなど、ずっと読み続けている。この本は久しぶりに改めて買って読んでみたが、新しい発見も多い。「本書に書いてあることは、すべてはすべて実感や体験か願望かである」というから説得力がある。自分をごまかさない精神、自分の古典をつくれ、身銭を切って本を買え、能動的知的生活者は書斎とマイ・ライブラリーを持つ努力が必要、時間の考え方、交際・食事・酒・散歩と知的生活など30年前の著作だが、反省を迫る指摘も多い。
昭和4年生れの谷沢永一と昭和5年生れの渡部昇一の対談本も読んだ。「人生後半に読むべき本」(PHP)というタイトルで、2人の稀代の読書家による読書論である。後書きを読むと私の本の担当でもあるPHPの若い編集者の企画だと書いてある。この2人の対談を実際に聞くには楽しいだろうなあ。
谷沢は司馬遼太郎の研究者としても著名であるが、「自分の後を追跡されたくないので、全部(本や資料)を処分してしまって、足跡をくらましてしまう(笑)」と言っている。「戦国物が済んだら、その資料はポイ」らしい。そうか、だから小説を書くたびにトラック一杯の古本類が届くといわれた資料が記念館にも見当たらないのだろう。
渡部は若い頃読んでよかった本も今読むと全く面白くないという経験をあげている。漱石は49歳で亡くなっているから、そういう若い人の人生観察はどうということはない、と述べていて笑わせる。年をとると目が肥えてくるということらしい。
2人とも70代後半なので、こういう人が勧める本はいいに違いない。彼らが勧める本をあげてみる。折にふれて手にしてみたい。
・ハマトン「知的生活」「知的人間関係」
・伊藤整「氾濫」
・藤沢周平「三屋清衛門残日録」
・松本清張「短編全集」
・高浜虚子「俳句はかく解しかく味わう」
・松下幸之助「21世紀の日本」
・本多静六「私の財産告白」
・アレキシス・カレル「人間--この未知なるもの」
・幸田露伴「努力論」
・岡本綺堂「半七捕物帳」
・ 「唐詩選」
・ヒルティ「幸福論」
・薄田泣菫「茶話」
・河盛好蔵「人とつき合う法」
・久世光彦「マイ・ラスト・ソング」
・和田誠「お楽しみはこれからだ」
・野口久光「想い出の名画」
・安東次男「完本 風狂始末」
・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」
・ブローデル「地中海」
・徳田秋声「あらくれ」
・リップマン「世論」
・シュンペーター「経済発展の理論」
・高橋亀吉「日本近代経済形成史」
・山手樹一郎「短編時代小説全集」