「構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌」(竹中平蔵・日本経済新聞社)

小泉内閣の経済司令塔の役割を5年5ケ月にわたって果たしてきた竹中平蔵大臣は、毎日短い日誌をつけ始めた。歴史的瞬間に立ち会うという意識で始めたとあるが、使命感を持って歴史づくりにあたる様子を記しておきたいと願ったためだろう。その日誌はA4で3000ページ近くになったという。竹中はこの日誌をみながら、小泉改革を実践する現場の司令官としての仕事の総括を試みた。


この本のタイトルは大臣日誌であって大臣日記ではない。日誌とは日々の出来事を記すものであり、日記は日誌を踏まえて自らの心の動きを記すものである。タイトルを日記とせずに日誌とした真意はそこにあると思う。全体の記述のトーンをみても敵や味方に対する具体的な人物評や心情は省かれている。一貫して乾いたトーンで書き綴っている。


第1章は小泉内閣の発進。第2章は不良債権処理に立ち向かう金融改革の様子、第3章は改革の本丸・郵政民営化をめぐる攻防、第4章は政策プロセスを変えた経済財政諮問会議のあり方、そして終章は今後の日本経済の進路についての論考である。


小泉改革は不可能と思われていた不良債権問題を解決し(8%台だった不良債権比率が半減以下)、誰も手をつけなかった郵政民営化を実現した(2007年10月から)。

いずれ歴史の中で評価が定まるだろうが、傑出した歴史的な政権だったと思う。


この本は構造改革の過程を経済財政担当大臣、金融担当大臣、総務大臣という立場で一貫して携わった竹中平蔵がみた改革と政策実現のプロセスに焦点をあてた内容である。ほぼ与党・自民党とのやり取りであり、野党民主党の記述はほとんどないことが示すように、仕事の大半は自民党対策だった。抵抗勢力といわれた議員、官僚との熾烈な戦いの様子がわかる。

また、この改革は時間との戦いであったいうことができる。改革の成果が出るまでの間につぶされないかという戦い、設定されたスケジュールた総理や同僚に対する根回しの時間の確保との戦い。私的なブレーンと手を携えながら、常に先手、先手をとりながら布石を打っていく仕事振りがわかる。一瞬たりとも気を抜けない仕事だったのである。

与党、野党、マスコミ、利害関係者などから常に批判にさらされながら、その都度考え方を整理し、打って出る。こういうことが可能だったのは、小泉総理の節目、節目のぶれない決断と的確な指示、そして信頼があったからだろう。


歳出削減と景気回復による自然増収によって過去4年間にプライマリーバランスの赤字幅は28兆円から14兆円へと半減した、今後3%成長となれば歳出削減または増税による収支改善努力は毎年2−5兆円で、2011年のプライマリーバランスをプラスに転換するという目標が実現できる。2%成長なら消費税5%、4%なら消費税増税は必要なくなる。これが現在の政府の立ち位置である。ここ数年の舵取りが大切である。


これが竹中の最後のメッセージであるが、自分は政策専門家の育成と政策ウオッチャーとしての活動を開始するという宣言を行って本書を閉めている。


今回は日誌を公開したのだが、日記にあたる部分には個々の役者の言動が記されていることになるだろう。本書では個々の政治家の言動の一部は記されてはいるが、実名と感想が入ったものも読みたくなる。没後50年たって公開された原敬日記では人物評なども辛らつに書かれているが、そういう部分はいずれ明らかになるだろうか。

年末に読んだ飯島首席秘書官の「小泉官邸秘録」もそうだったが、この本も強い意志で抑制的に書かれていると感じた。


政権の中枢にいる人たちの観察は、首席秘書官と大臣では違った景色が見えているのは興味深い。今後、こういった回想録がいくつか出てくるだろうが、そういう証言を積み重ねながら政権の実態に迫りたいものだ。

だいぶ前に読んだ「サッチャー回顧録」は圧巻だった。主人公が自ら語る政権運営は実に魅力的であった。いずれ「小泉純一郎回顧録」を読みたいものである。