大宅壮一文庫---「本は読むものではなく、引くものだ」

土曜日に東京世田谷区八幡山にある財団法人大宅壮一文庫を訪ねた。

京王線八幡山駅で降りて非常に大きな都立松沢病院を左手に見ながら赤堤通りを700メートルほど歩くと大宅文庫が現れた。

表にある看板には「日本唯一の雑誌図書館」とあり、故大宅壮一の「本は読むものではなく、引くものだ」という警句が示されていた。


大宅壮一は私の属すNPO法人知的生産の技術研究会の誕生に関わる人物である。この会を始めた八木哲郎さんは、30代前半の頃東京でルポライターとして著名な大宅壮一が開いた大宅マスコミ塾に通った。この前代未聞の塾には弟子の草柳大蔵などが出講し、目のくらむような体験だったそうだ。ここで八木さんは文章を書くことを中心とした表現の面白さに目覚める。後に勤務先の広島で梅棹忠夫先生が書いた「知的生産の技術」(岩波新書)を読み、ただちにサラリーマンを辞め「知的生産の技術」研究会を始めた。37年目を迎えた知研にとって梅棹忠夫という名前と並んで大宅壮一という名前は大切な名前である。


1900年生れの大宅は(日本のシンドラー杉原千畝と同年)大阪に生まれ18歳の時に米騒動を扇動するような演説を行い中学校を放校処分。旧制高等学校資格検定(専検)に合格し第三高等学校に進学し、卒業後は東京帝大文学部社会学科へ入学するが中退する。後の独特の筆で鳴らす血の気の多さをうかがわせる経歴である。26歳で文芸評論家としてデビューする。

時代の風潮を鋭く明快に斬る社会評論は人気があった。この人は警句や造語の名人で、数々の流行語を産出したことでも知られる。「一億総白痴化」「駅弁大学」「恐妻」「昔陸軍、今総評」「自動車と別荘と二号は、使用頻度のわりに維持費がかかりすぎる」など人口に膾炙した言葉は多く、広く一般大衆の心をとらえ支持を得た。

大宅の残したものがいくつかある。ひとつは死の直前の1970年に創設された大宅壮一ノンフィクション賞でこの賞はライターの登竜門として意義が高い。もうひとつが父の後を継いで現在も活躍している評論家・大宅映子である。そしてもうひとつがこの大宅壮一文庫である。


大宅壮一は世相、事件、社会現象、生活風俗資料の宝庫である一般雑誌の収集に力を入れていた。この文庫では明治から現在にいたる1万種類の雑誌、66万冊を所蔵している。現在刊行しているものでは1000種類を所蔵しており、「その時代の最先端の人物が携わり、その時代の知識、考え方が凝縮されている」創刊号の収集にも力をいれており、6000誌の創刊号が揃っている。

埼玉県入間郡には分館があり、こちらは大宅の蔵書などの書籍が7万冊あり、こちらでは遺品も展示されている。


雑誌記事索引」は索引総件数421万件、「人名索引」約12万人186万件。件名索引235万件という膨大な知的遺産が整理されいることに驚嘆する。

入館料500円で一般の人は10冊見るたびに改めて入館料を支払う仕組みになっている。個人会員(年会費15000円)になると、1日につき100冊まで閲覧でき、資料のコピーが有料でできる。法人会員は一口1万円で15口以上でなれる。法人としては出版社、雑誌社などが入っているのだろう。大きな道に面した表には「大宅壮一文庫」という看板があるが、本館に続く書庫の方には「競輪補助施設(日本自転車振興会)」とあった。


1階は資料検索や閲覧資料の受付、2階は資料閲覧とコピーの申し込み場所となっている。かなりの人が雑誌資料の検索や閲覧をしているのだが、実に静かな空間である。卒業論文などで使っているのだろうか学生風の若者も多い。また雑誌記者やライター、編集者とおぼしき人たちが熱心にずらっと並んでいるWeb版や端末版を操っている。

Web版では、1988年から本年前月までの雑誌記事の索引サービスが受けられる。端末版では本月分を引くことができる。また1988年より前の記事は備え付けのリファレンスブックで引くことができる。


件名項目検索では、世間の耳目を集めた大きな事件や世相・風俗について検索できる。項目は33の大項目、695の中項目、7000の小項目で構成されている。大項目をすべて並べてみる。

政治・その他 経済 農・漁業 世界 探検・移民 天皇 戦争 右翼 左翼 平和運動 労働問題 公害 災害 犯罪・事件 心中・自殺 世相 奇人変人 世代 おんな サラリーマン 交通機関 趣味・レジャー 賭博 スポーツ 芸能・芸術 マスコミ 宗教・思想 日本研究 教育 言語 文学 科学 地方


こうやって並べてみると大宅壮一の生きた時代の特徴や大宅の関心がどこにあったかが伺える。


試みにWeb版を使ってみた。

フリーワード検索で思いつくまま検索してみた結果を以下にあげてみる。

寺島実郎237件 浅野史郎116件 野田一夫64件 西和彦132件 久恒啓一34件 

樋口裕一110件 白洲次郎168件 白洲正子376件 司馬遼太郎1562件 梅棹忠夫146件

扇畑忠雄0件

知的生産の技術61件 「知的生産の技術」研究会26件 日本航空1092件 全日本空輸469件

三井物産1243件 宮城大学27件 事業構想14件 図解2349件 図解コミュニケーション3件


端末版では、タイトル・発言者・雑誌名・発行日・頁数 キーワードが表示される。


雑誌の閲覧の申請をして2階にあがると雑誌を閲覧できる。座席は58席。必要な記事のコピーを頼むと白黒で1頁100円(内訳は検索料80円・複写料20円)、カラー200円。


大宅のおかげで私たちは明治以降から現在にいたる雑誌記事によって日本の世相を手にすることができ、それぞれの時代に大衆が興味を抱いた事件や世相を見ることができる。現在も増殖しつつあるシステムのもたらす恩恵は計り知れない。これは大宅壮一という存在がもたらしてくれた知的遺産である。


帰りに本屋で大宅の著書を求めたが、1冊しかなかった。最近刊行された「だいわ文庫」の「実録・天皇記」である。帰りの電車の中で少し読み始めたのだが、実に面白い。終戦後7年目の1952年の作品であるが、過激な内容が並んでいるのに驚いてしまった。

「危なかった血のリレー」の章では、「侍妾百二十人・多産のレコードホールダー・皇室はナゼ死亡率が高いか・江戸城大奥の妊娠競争・皇胤をめぐる暗闘、、」「天皇製造局の女子従業員」の章では、「女王蜂とヴィクトリア女王・性的予備軍・女官の階級・宮廷ありんす言葉・肉体テスト・神聖なる閨の祭典、、」、、「天皇に寄生する男子従業員」、「天皇株を買う人々」、「予想屋としての勤皇学者」、、、「天皇コンツエルン完勝す」、、などが並んでいる。


「予想屋としての勤皇学者」の冒頭には、競馬ファンと受験生の直前の様子の酷似、予想屋の繁昌、街の経済学者、一流の経済学者、企業の調査室や研究所、左翼系の学者、そして歴史をさかのぼって勤皇思想の学者なども同じ類で幕府株よりりも勤皇株を買うことをすすめたのと同じだ」と喝破している。


一番弟子の草柳大蔵の「あとがき」は、歴史そのものをルポルタージュする原型を日本のマスコミに残したこの本ができた経緯と大宅の資料集めなどの方法論を説明してくれる。


大宅の書いた本や、言動、そしてルポの方法論は、もっと読み込みたいと改めて思った。