連載「団塊坊ちゃん青春記」第12話---前人未踏の鍾乳洞に達す2

体がこの穴を突破すればよいのだから要は穴を大きくすることだと結論した私達の行動は次のようなものです。理学部化学部のこのリーダーは、鐘乳石の化学方程式を恩いだし塩酸をかけると化学反応をおこして鐘乳石は溶けるはずだと主張しました。CaCo3+2HCl→CaCl2+Co2+H2O


彼によれば、「塩酸をかけると溶ける、そしてまわりの石はもろくなる。その弱くなったところをトンカチでしつこくたたけば容易に石はくずれていくはずである。これをくり返していけば、短時日のうちに我々は前人未踏の空間に達するであろう」という理論なんです。


私達は半信半疑でしたが、とにかく実行することにしました。塩酸の入ったビンを片手にタオルとトンカチを持って四〜五人でこの鐘乳洞にもぐります。まず塩酸を目指す小さな穴のまわりに注ぐと、先程説明した化学方程式で発生する気体や塩酸が、あたり一面にたちこめてきます。この気体は吸い込むとのどがヒリヒリしてくるのです。この気体をそのまま吸いこむと気管をやられますから、手にしたタオルで口をふさぎ気体が流れ去るのを待たねばなりません。


今度はトンカチを手に穴の周辺のもろくなったはずの部分をたたくのです。ところがこの穴の周辺をたたくためには、胸がようやく通る位の狭いところを通過する必要があります。胸が上の壁と下の壁とにはさまって身動きできなくなるところまで体を進めても、腕がようやく穴の入口あたりに達するという状態です。したがって肩を軸にして腕を振ることはできません。


どうやるかと言うと、手を精一杯のばした上でも手首のみが自由に動くのですから、トンカチを持って手首を振るのです。10分以上もこの動作を繰り返してもちっとも穴は大きくならず、かえって塩酸のにおいでせきこんでしまうのが関の山。ところが、5人ほどの人間がこの作業を続けて次に自分の順番がまわってくると、どういう訳か以前より穴がいく分大きくなっているような気がします。そこで又この作業を行う元気がややでてくるのです。


およそこのような神に背く作業は短時日のうちに完了するわけはありません。とうとう私の卒業までに数回の合宿を行ったにもかかわらず、未知の空間の扉はひらきませんでした。大学を出て半年位たった頃、クラブの後輩から手紙がきました。


「前略、先輩/とうとうあの鍾乳洞の穴があきました。」

ようやく人が通れそうな位にまで穴をひろくすることに成功した後輩達は、わが探検部で一番やせている小さな男に一週間の断食を命じたというのです。そしてこのやせ男の最もやせ細った頃をみはからって、この穴に無理やり押し込んだらしいのです。この不幸な男に、世界で初めて人類が足を踏み入れた空間の感想を聞くと、「案外、中は広く、ユニークな形をした石もあり楽しかったですよ。ただ、その空間の先に、また同じような穴があったのにはゾッとしました。」との答です。


さすがにその穴をまた掘ろうと言い出す男がいなかったのがせめてもの幸いです。ところが、このクラブ連中はこの男を押し込むことには神経を使ったらしいのですが、果して再び出てこれるか否かということには、トンと頭がまわらなかったようです。ですからこのやせ男は決死の覚悟でこの恐るべき空間からはいずり出たということです。このクラブ連中は、「一度入った穴だから出れないわけはないだろう。又、もし出れなくても、もう一週間も絶食すれば出てこれるさ」とほざいていたそうです。