80歳のライフワーク---万葉集と伊勢物語

むかし、男ありけり。その男、伊勢の国に狩の使にいきけるに、かの伊勢の斎宮なりける人の親「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやりければ、親の言なりければ、いとねむごろにいたはりけり。朝には狩にいだしたててやり、夕にさりはかへりつつ、そこに来させけり。かくてねむごろにいたづきにけり。二日という夜、男、「われにあはむ」といふ。女もはた、いとあはじとも思へらず。されど、人目しげければ、之あはず。使ざねとある人なれば、遠くも宿さず。女のねや近くありければ、女、人をしづめて、子一つばかりに、男のもとに来りけつ。男はた、寝られざりければ、外の方を見いだしてふせるに、月おぼろなるに、ちひさき童を先に立て、人立てり。男いとうれしくて、わが寝る所に率て入りて、子一つより丑三つまであるに、まだ何ごとも語らはぬにかへりにけり。男いとかなしくて、寝ずなりけり。つとめていぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなく待ちおれば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより、詞はなくて、

 君や来しわれやゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか

男、いといたう泣きてよめる。

 かきくらす心のやみにまどひにき夢うつつとは今宵さだめよ

とよみやりて、狩にいでぬ。