連載「団塊坊ちゃん青春記」第24話---ロンドン車残酷事情--ああ、ガ

ガソリンメーターが故障した場合、大ていの人は修理するのでしょうが、私の場合、走行に今すぐ支障がある訳でもないので、そのまま走ることになります。

第一回目のガス欠は、父と母が訪ねてきた時のドラィブの途中です。美しい街並の中をさっそうと車を走らせていますと、突然アクセルの手応え、いや足応えとでも言うのでしょうか。それがなくなってしまいました。メーターは故障しているため、常時(メーターは)EMPTY(空)を指してはいましたが、まさか、本当に燃料がなくなってしまうことが現実に起こるとは。

しかし無情にもわが車は坂道の上り坂の途中でストップ。「大体、こんな整備の悪い車があるか!ガス欠など全く信じられん!!」と父はおこりますが、どうしようもありません。私はテクテク歩いてガソリンスタンドをみつけ、数リットル購入しこの未曽有の危機を脱しました。

“のどもとすぎれば熱さを忘れる”とはこのことを言うのでしょうか、こわれたメーターを、そのまま放置していた私に又、災難がふりかかりました。深夜、イギリス自慢の高速道路(モーターウェイと言います)を一人でぶっとばしていますと、あれえ、何か身覚えのある足応えです。車はあえなく時速百キロの猛スピードから徐々に減速をはじめました。「ああ、やはりメータは修理しておくんだった!」と悔やんでみてもあとの祭り。

さて、どうやってガソリンを手に入れるかひと思案しましたが、名案はありません。残る手段はただひとつ、高速道路の中央分離帯(ここは人が一人位は通れる位になっている)をひたすら歩きつづけるという原始的な方法です。運が良ければ、ガソリンスタンドに出会うことでしょう。でも、しかし、何という不幸でしょうか。

折しも、世界的にオイルが上昇したあの第二次石油シヨックの直後だっただけに、イギリスでも三軒に一軒位しかガソリンスタンドはオープンしていません。
ここでちょっとイギリスの燃料事惰を述べますと、アラブ諸国のあぶらの価格が上昇したとしても、あの有名な北海油田がありますので、大した影響をうけないのではないかという疑問が湧いてきます。
実は、イギリスの当時の海外収支の黒字は、品質の落ちるアラブの石油を安い価格で買い、それを国内需要にまわし、品質の良い、したがって高価格の北海石油を近隣のEC諸国に輸出し、その差額でもうけるという構造になっているのです。ですから、国民一般の生活には、アラブ産油国の動向がそのまま反映するという訳です。その他にも、英国の有名なスコッチウイスキーも、外国への輸出にまわし、英国民はもっと質の悪いウイスキーや、ポルトガルなどからの輸入ワインですませていて、スコッチを一般大衆が飲み始めたのも比較的近年だということです。

ところで、ガス欠の件ですが、このまま高速道路の端で時間をすごしても何も解決しないのは明らかなので、意を決してガソリンを求めて歩くことにしました。幸いなことに30分程歩くと、スタンドの姿はありましたが「CLOSED(閉店)」となっています。更に一時間ほど、左右の道路を流れるように走り去る車の横を時速4Kmで歩いてやっと、オープンしているスタンドにたどりつきました。

「ガソリンをくれ」と頼みましたが、その店の人の悪そうなオヤジは、「売っても良いが、ガソリンを入れる容器は持っているか?」と予測もしなかったカウンターパンチをくらわせました。容器がないとガソリンを売る訳にはいかないとこのオヤジは言い張ります。
一瞬、世の中には神も仏もないと絶望的になったのですが、いいアィデアを思いっきました。ガソリンスタンドは、車用品をかなり売っています。車用のオイルが眼に入りました。オイルはオイルのカンに入っているのです。当り前の話ですけど。

私はこのオイルをいったん買い、もったいないが、すぐにそのオイルを捨て去りました。そしてこの空カンにガソリンを入れてもらってヤレヤレ解決。ガソリンを求めて歩くのは心中不安なものですが、帰りの一時間半は、見通しが立っているだけに思ったより早く着いたような気がしました。そして、真暗な道路の端で、一人、さびしくガソリンをカンから車のタンクに注ぎます。
しかし、どうしたことでしょう。あいかわらず、車は動かないのです。よくみると、不器用な私は、ジャブジャブとこの黄金のガソリンをタンクの入口付近にこぼしてしまっていたのです。ガックリきた私は、車の中で一時間ほどふて寝をきめこみました。

イギリスの秋の夜は寒い。と、ある車が隣にとまりました。中から人の良さそうなインド人の若者がおりてきました。事情を話すと、同情してくれて、家まで送りとどけてくれることになりました。「こんな所で凍え死ぬなんて」と考えていた私でしたが、又、元気が出てきました。このインド人は日本製の車に乗っています。
「日本車はとても良い」と日本人の私に話しかけるのですが、イギリス製のボロ車をのりまわしている私はおかしな日本人と見られていたようです。

さて、翌日、私はタクシーを雇って、ガソリンの買い出しです。車を置き去りにした現場に着くと、タクシーの運ちゃんは、奇妙なことを始めました。新聞紙を丸めて筒をつくります。そして、この筒を通してガソリンを注ぎ、こぼれないように慎重に行いました。昨夜、ガソリンがありながら失敗した私は、「頭が良いなあ」と心底感心をしてしまいました。人の悪いイギリス人と賢いイギリス人の両方に出会ったようです。