「クライマーズ・ハイ」---ジャンボが落ちた一週間。興奮、そして恐

話題の映画「クライマーズ・ハイ」を観た。
横山秀夫(1957年生まれ)が書いた単行本を数年前読んだことがある。横山は御巣鷹山のある群馬県の地方紙「上毛新聞」の記者だった20代の最後の時代に日航機墜落事故に遭遇している。その時の経験を小説にしたてた作品である。
タイトルの「クライマーズ・ハイ」は、登山時に興奮状態が極限まで達し、恐怖心が麻痺してしまう状態をいう。異常に興奮して、恐怖心が麻痺する。この興奮状態が解けたとき、溜め込んだ恐怖心が一気に噴き出して、一歩も動けなくなる。体中の筋肉が強張って、動くという意思決定を拒絶する。これがクライマーズ・ハイといわれる現象である。
北関東新聞の日航全権・悠木(39)は、事故原因特定の大のスクープを出すか、出さないかの判断を迫られる。100%間違いないとは言い切れない状況で、「チェック、ダブルチェック」という言葉が頭をよぎる。そしてそれまでの戦う姿勢から一転して勝負をかけないという判断をする。ここが一番の勝負時なのに、悠木はひるみ、世紀のスクープを手にできなかった。どうして勝ち戦の局面で勝負をかけなかかったのだろうと不思議に思ったが、これがクライマーズ・ハイが解けたときだったのだ。異常な興奮状態がふっと消え、恐怖心が噴き出してきて判断を誤らせたのだ。
主人公の悠木は39歳という年齢の設定である。当時日航の客室本部にいた私は35歳だったが、客室本部の事故対策本部担当としてさまざまな事件に遭遇していた記憶がある。乗客はもちろんだが、客室乗務員の殉職にあたってのエピソードが毎日入ってきていた。8月12日までの私の仕事は労務であり、組合との折衝が中心だったが、この事故で交渉するテーマが吹っ飛んでしまった。事故の当事者だった遺族やわれわれだけでなく、メディアも、自衛隊も、官庁も、村役場も、それぞれが暑い夏をたたかったのだ。
日航機事故が題材ではあるが、原作は新聞社を舞台にした企業小説でもある。部署のせめぎあい、トップのいやらしさ、仕事に対する取り組みなどがリアリティをもって描かれていた。堤信一、堺雅人山崎努遠藤憲一、でんでん、などの演技が光っていた。
映画では、死んだ親友の息子と二人の登攀と疾風怒濤の8月の数日が重なり合いながら進行していく。仕事と家族についても考えさせる作品に仕上がっていて、静かな涙も湧いてくる。
1949年生まれの原田真人監督(脚本も)は、運命というものを考えさせる小説を脚本の段階から力を入れて書いてきた。主人公の堤真一堺雅人のぶつかりあいを軸に物語を展開させていく。その狙いは当ったと思う。