大功は緩にあり機会は急にあり--渡辺崋山のスーパー人生

「久恒さんの考える理想のビジネスパーソン像は、どんな人ですか?」
そうした質問をときおりされることがあります。以前なら、はて、誰かいるかな、としばし考え込んでいたでしょうが、今なら、即答できます。
私が考える理想のビジネスパーソン渡辺崋山です。
渡辺崋山は江戸時代後期の武士(三河国田原藩藩士)で、学者、画家としても活躍したマルチな才能の持ち主です。高校の日本史の教科書などにも載っているので、名前を聞いたことがある人も多いでしょう。この崋山の何がすごいかというと、とにかく努力を惜しまない。崋山は「日省課目」という1日のスケジュール表をつくっています。少し紹介してみましょう。

  • 午前4時   起床。前日の復習など勉学に励む
  • 午前6時〜  子どもへ手習いを教授する
  • 午前8時〜  学問を講義する
  • 午前10時〜  絵を描く
  • 正午〜    登城し、藩士としての仕事に励む
  • 午後2時〜  引き続き、藩務に励む
  • 午後4時〜  模写をする
  • 午後6時〜  詩や文章などの勉強をする

このように、崋山は1日を2時間単位で考え、スケジュールを立てていたようです。それで、睡眠時間は3時間程度ということですから、刻苦勉励型の「天才」であったといえるでしょう。今風にいえば、猛烈サラリーマン、あるいは峻烈ビジネスパーソンといったところでしょうか。
40歳で家老になった崋山は、農業や海の苔りの生産などを励行します。米を備蓄するための倉庫「報民倉」も造って、その米を天保の大飢饉のときに、ここぞとばかりに放出。そのため、田原藩では一人の餓死者を出すこともなく、幕府から表彰も受けています。
また、田原藩は軍備の近代化にも成功。崋山の蘭学が功を奏したのです。さらに、もともとは家計の足しにと思って始めた画業では「鷹見泉石像」や「月下鳴機図」など、数多くの名画を残しています。

こうしたことを書くと、「そんな昔の偉人のような生活なんかできないよ。それに、睡眠時間が3時間なんてとても無理」といったような声が聞こえてきそうです。もちろん私は、崋山のように、3時間の睡眠時間でがんばれ、などと言うつもりはありません。しかし、彼の努力、刻苦勉励の姿勢は大いに見習うところがあります。さらには、時間の使い方。2時間ごとに、すべきことをきちんと分けて、時間を無駄にすることなく、学問に、絵画に、子どもたちへの教えに、そして、藩の仕事に取り組む。彼は、自らを高め続けると同時に、後進を育て、藩士としての仕事にも注力した結果、先に挙げたような多くの業績を残したのです。

渡辺崋山の教えは、今の時代の私たちこそ学ぶべきものがたくさんあります。商人のあり方について書いた「商人八訓」なども、とても優れた教えです。
一. 先まず朝は、召使いより早く起きよ
二.十両の客より百文の客を大切にせよ
三.買い手が気に入らず、返しに来たならば、売る時より丁寧にせよ
四.繁盛するに従って、益ます々ます倹約せよ
五.小遣いは一文より記せ
六.開店のときを忘れるな
七.同商売が近所にできたら、懇意を厚くして互いに勤めよ
八.出店を開いたら、三ヵ年は食糧を送れ

いかがでしょうか。今の自営業者や経営者、そしてビジネスパーソンにも学ぶべきところが多いのではないでしょうか。

崋山のまとめた「八勿の訓」もまた、非常に奥が深い。この「八勿の訓」は、交渉ごとに臨む際にやってはいけないことを説いたものです。
もう少し詳しく書けば、崋山が病で伏せていたときに、田原地方に飢饉が起きました。自分では対応ができない崋山は、別の藩士に大阪商人との交渉を託します。その際、崋山はその藩士に書状を送ります。その書状の中で、崋山は「8つのしてはいけないこと」を説きました。それが「八勿の訓」です。「八勿の訓」は、文字どおり、8項目あるのですが、私が特に伝えたい内容は以下の3項目です。

  • 大功は緩にあり機会は急にありといふ事を忘れるなかれ
  • 前面の功を期して後面の費を忘れるなかれ
  • 眼前の繰廻しに百年の計を忘れるなかれ

「大功は緩にあり機会は急にありといふ事を忘れるなかれ」とは、大きな成功は、緩やかに実現していく。しかし、それを手にできるチャンスは突然にやってくる。それらのことを忘れてはならない、といった意味です。日頃の鍛錬、勉学、観察を絶やさずに行ない続けることが大きな成功につながるともいえるでしょう。
「前面の功を期して後面の費を忘れるなかれ」とは、目の前の利益を得ようとするあまり、後にそのツケが回ってくることを忘れてはならない、という意味です。目先の利益のみに惑わされては、事を失敗する恐れがあることも知るべきです。
そして、「眼前の繰廻しに百年の計を忘れるなかれ」。これもまた、肝に銘じておきたいものです。意味は、今現在のやりくりだけにとらわれて、長期的な展望を忘れてはいけないということです。目の前のことを一所懸命に取り組むのは当然のこと、しかし、同時に、先々のことも思案しつつ、物事に当たる。この姿勢こそ、人生を豊かにする秘訣といえるでしょう。