菊池?実記念 智美術館

若くして石炭業界に入り、腕一本で現在に換算すると数千億円の資産を築いた実業家・菊池?実(1885-1967年)は、大谷米太郎ホテルニューオータニ建設)と南俊二(大阪造船社長)とともに「戦後の三長者」ジャーナリズムから名付けられた人物である。この人物の名前を冠した美術館が、ホテルオークラ本館と別館の間の坂を下ったところに建っており、その傍らに当時の住居の一部が保存してある。
菊池のための持仏堂と近代的な西久保ビル、そして大正時代に建てられた西洋館と和風の蔵がある。この西久保ビルの地下に「菊池?実記念 智美術館」がある。

菊池は政治家・田中正造、民権運動の急先鋒の幸徳秋水片山潜という体制批判の人たちとの交遊をしつつ、実業家としての存在を大きくしていった。そして財産を有為の政治家達に提供して何の見返りも要求しなかった。首相にまでなった「小日本主義」を唱えた石橋湛山を強く支えてもいる。

以下、早乙女貢の「怒濤のごとく-菊池?実の不屈の生涯」(原書房)から。
足尾鉱山の鉱毒事件に際し、明治政府に対し抗議の運動の先頭に立った田中正造は、第一回の帝国議会から衆議院議員として毎回当選している。その田中正造は若き菊池に次のように語っている。
「政治家として自分の信じるところをあくまで主張して筋を曲げないためには、充分な私財をもってだれからも拘束されないことが絶対に必要だ。もしそれだけの私財ができなければ、逆に自分のように無一文の裸一貫で徹底的に人の喜捨をうけてやるがよい。そのいずれかに徹しきれないならば、政治家になることをあきらめることだ。」

上京して隅田川の貨物駅で石炭の積み下ろしをやっていた頃、石炭のノウハウを身につけている。それが一生の仕事として石炭に取り組むことになる。石炭という時代のエネルギーに目をつけたことが、成功の遠因だった。

  • 得た金を、、、産業のなかの目ぼしいものに目をつけて、株を買い、その中でも、これはと狙ったものを多量に買い増して、取締役になった。
  • 「金銭は世のたからなり貯えて 人のためともなずぞ尊き」」(菊池の金銭哲学の基)
  • 菊池の会社は収益が増えた。それを元手に他の会社をいくつも買収して事業を広げていった。
  • 石炭業で得た利益は、これと見込んだ事業への投資にあてられた。ほとんど株式である。、、上がりそうな株を買うのではなく、上げられる株に手を出している。
  • 人間関係の信頼のむずかしさは、金銭欲にはばまれることだが、菊池の信条は人を裏切らないとことにあった。
  • 「土地は焼けないからな」
  • 株を買うにしても、キワモノには手を出さない。由緒ある会社なり、人物を見込んでの将来性に賭けるのである。
  • 事業の成功でかなりの金を動かせるようになると、惜しみなく人々を援助した。、、「金というものは、困った人を救うためにある。自分のものではなく、社会に還元すべきものだ」
  • おのれの地位名誉を求めず、健全な社会の発展をねがう実業家魂である。
  • 自分が社長になりたがる者の多いなかで、有為の人材を社長や主役陣に配置するのに長けていた。

この美術館では、「第三回智美術館大賞 現代の茶−−造形の自由・見立ての美」という企画展をやっていた。現代の作陶家の展覧会。
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ホームページ打ち合わせ。リレー講座は「2012年、プーチン、メドベージェフ体制のロシアの選択」(天江喜七郎)。ゼミではドラッカーの解説。3年生の面談は、西口君、土田君。

  • ロシア経済:輸出の70%はエネルギー。石油ガス収入は歳入の40%。原油価格の影響を受けやすい体質。
  • 10年前期4.0%、09年マイナス7.9%、08年5.6%、07年8.1%。
  • 2012年。アメリカ大統領選。中国指導部の交代。ロシア大統領選。北朝鮮の権力移譲。2013年夏は衆参同日選挙。
  • 「双頭の鷲」の翼をアジア・太平洋へ!