田山花袋「東京震災記」(河出文庫)を読了。オビ、1923年9月1日、関東大震災。その時、東京はどうなったのか。
田山花袋(1871-1930年)は、「蒲団」「田舎教師」などの作品で知られる自然主義派作家であるが、一方でノンフィクションのルポを書くような面も持ち合わせていた。その方面のもっとも重要な作品が、この「東京震災記」である。見たり聞いたりしたことを中心に、「本当の光景や感じや気分」を「出来るだけ」書いてみようとしたものだ。
- 作者: 田山花袋
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2011/08/05
- メディア: 文庫
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今回の東日本大震災でもそうであったが、災害の大きさに呑まれて皆が茫然としているなか行動に移すまでにいかない。花袋は一カ月半以上の歳月が経った段階で、筆をようやく執っている。
- 「方丈記じゃないが、家屋を持てば持っているだけ、それだけ心配が増すっていうわけですな!」
- 「焼かれても死! 水に入っても死!、、」
- 「地獄! 地獄だってあんなにひどくはないでしょう、、」
- どうしてこう人間は忘れっぽいのだろう?、、
- まるですっかり世界が変わってしまったような気がした。、、、あらゆるものがすべて曲って、歪んで、いびつになっているように見えた。
- 「日本人、えらいですな!こういう厄災に逢っても、びくともしない。決して慌てない。それに親切だ!これは私達の国ではとても見られないことです」「本当に、この地震で、日本人がわかった!」(外国人)
- 震災当時は東京の復興ということがかなり力強く言説され、、、、次第にそうした計画は小さくなって、今では復興ということより復旧ということに重きを置かれるようになった、、、
- 誰を頼ったって駄目だ、、、という経験を得たものもあると同時に、自分ばかりでは駄目だ、結局他人が肝心だ、他人の情けにより今度こそは生きた、、、
- 日光がああいう風に参詣者を減じようとは誰も思わなかったに相違なかった。
- いかに富士とこの都会との縁故の深かったかを知ることが出来た。
- どうしても、昔のことは書き残されたものによるより他為方がなかった。
- しかし人間はすぐすれを忘れた。
大震災に出逢った小説家が、為すべき仕事をしたということだろうか。尊い仕事となって後世に残る仕事となった。
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大学で、春学期の成績つけ。終了。