西舘好子「表裏 井上ひさし協奏曲」-誰も知らない井上ひさし

昨年亡くなった作家・井上ひさしの奥さんであった西舘好子さん(1940年生まれ)の書いた「井上ひさし協奏曲」を興味深く読んだ。

表裏井上ひさし協奏曲

表裏井上ひさし協奏曲

この本のオビには「誰も知らない「井上ひさし」がここにある」と書いてある。そして都会と田舎、笑いと哀しみ、才能と狂気、妻と夫、出会いと別れ、生と死、、、。すべては表裏一体、あんなにもつらく、楽しかった25年間ともある。
この本を読み終えて、このオビがすべてを語っていると感心した。

井上ひさし(1934-2010年)と知り合い、結婚し、彼の才能を育て、劇団をつくり、そしてその過程で、最強の同志となり、また憎まれて最後に家族がバラバラになるという哀しい結末を迎えた筆者が、時効となった狂気の宿った天才との実生活の物語をすべて書いた出色の井上ひさし論である。

嫌いな作家は「醜さを公然とさらし、破滅無頼を気取り、それを「生きる」と称している輩」である、織田作之助坂口安吾太宰治だったそうだ。

孤児院、勤勉、遅筆、家族愛を知らない、暴力、離婚、家族の反目、、、、。

筆者の好子さんは「「世の中に新しいことを」と言う井上さんは、もっとお古い日本の男だった」と結論付けている。

ここではそういった愛と憎しみの物語は省いて、裏から見た井上ひさしの仕事の秘訣について抜き書きしてみたい。

  • 下調べの丁寧さ、字のきれいさ、それを越える陽気な顔と愛嬌かな、と井上さんは自分を分析していた。
  • 古本あさりと図書館での勉強ぶりは鬼気迫るものがあった。
  • 読んで、考えて、書いて、正しい規律の生活を送り、プロの作家として認められるようになるのが人生の「合格」の目的だった。
  • ひょっこりひょうたん島」の登場人物は、当時流行の外国映画や「リーダーズ・ダイジェスト」の世界のニュースからヒントを得ていた。事件や政治のパロディー、冗談や落語などからネタを仕入れていて、旬の話題を採りいれることを忘れなかった。
  • 風呂場でも本を読む習慣があり、そのため湯気が出ないようぬるい温度にして入る。
  • 取材に走るのでなく、資料を綿密に読み込み、想像力で虚構の世界にのめり込んでいくというタイプの作家であった、、、
  • 「評伝」はもっとも得意とした分野で、素材を見つけるために読まれる日記は、ほぼ完璧に近い読み込み方だった。
  • 事実から想像を膨らませ、物語を作ってはぶち壊し、作ってはぶち壊して練っていく。、、、どんな有名人や偉人でも渦の中に巻き込んで井上戯曲ができあがるのだ。

井上ひさしの死を疎遠になった三女から連絡を受けたが、葬儀には長女も本人も参列を許されないところから始まり、最後は父から疎まれた長女の回想で終わる構成もよくできており、編集者の冴を感じる本だ。
全編を読み終えた後、「表裏 井上ひさし協奏曲」というタイトルにも深く納得した。