「図解仕事人の眼」---裁判所の世界を覗く

講演や研修という形でいろいろな組織を訪ねてきましたが、あまり入れないところでは裁判所があります。

最初は、8年前に最高裁判所から手紙が届いたのが始まりです。何か悪いことでもしたかなあ、何がばれたのかなあ、と恐る恐る開けてみると、そうではなく講演と研修の依頼だったので、安心したことがあります。
東京の皇居のお堀に面して建つ威厳のある建物は入る人に精神的な圧力と圧迫感を与える、そういうつくりになっています。まるで宗教団体の総本山のような雰囲気です。その最高裁で勤務する若い職員が対象でした。その後、何度も最高裁には出かけることになりました。
「先生が痛烈に裁判所を批判していたのだが、聞いているうちに確かにそのとおりだと妙に納得してしまい、思わず苦笑した」というアンケートの感想にもあるように、「文章と箇条書き」の総元締めの法律を攻撃する論法は、最初は違和感を覚えるようですが、終わるころには半分以上が「そうかも知れない」と思うようになるのが面白いですね。

因みに、最高裁は過去最も安い講演料でした。仙台からの新幹線の方が高いのです。それを皮肉って講義では「最高裁判所ではなくて、最低裁判所だ」と冗談を言うと職員はこの時だけは苦笑していました。

その後、評判を聞きつけて、東京高等裁判所仙台高等裁判所宇都宮地方裁判所などから講演の依頼が続きました。東京高裁は東京地裁と同じビルの上の方にありました。やはり偉い方が高い所にあるということでしょう。ちょうど、ホリエモン東京地裁での裁判の時でした。「これからの裁判所制度に活用されるのではないかと思われた」との感想をもらいました。

仙台高裁では「管理者としてのコミュニケーションスキル」というテーマでの講演でした。「裁判員制度については、最近、特に広報が不足していることがマスコミから指摘されているところだが、講義では法曹界が「司法方言」を使い続けることの危うさが問題提起され、この点でもとても参考になった」との感想をもらいました。

宇都宮地裁では「職場の活性化とモチベーションの向上について」がテーマでした。「嫌味がするほど、刺激的な講義だった。裁判所で用いられている言語(法律用語も含む)は方言であり、一部の人にしか理解できないという言葉が印象に残った。」という感想も。

多摩大に移ってから、先日横浜家庭裁判所に招かれて係長を対象とした講演をしました。家裁は家族関係など複雑な案件が多く、図解を用いた仕事の方法が適しているという人事部の見立てでした。

結果的に最高裁、高裁、地裁、家裁という司法の世界のタテの系列を見るという得難い経験をしたことになりました。やはり私の睨んだとおり、法律の世界こそ「図解コミュニケーション」という考え方で改革すべき時代になっていると確信を深めています。

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午前。
「ビジネススクエア多摩」運営委員会。多摩市・多摩信金・多摩大。

午後。
ラウンジで、豊田先生、樋口先生、金先生、諸橋先生と雑談。
期末試験の金子先生の中級簿記の監督の補助。

夜。
品川キャンパスで大学院講義の秋学期最終回。

大学院講義打ち上げ会。