藤田嗣治--異邦人の生涯

藤田嗣治(1886-1968年)について、日本人名大辞典では、以下のように説明されている。

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明治19年11月27日生まれ。藤田嗣章(つぐあきら)の次男。大正2年フランスにわたり,エコール-ド-パリの一員となる。第二次大戦時は帰国して戦争記録画を制作。昭和30年フランスに帰化。晩年は宗教壁画を手がけた。昭和43年1月29日チューリヒで死去。81歳。東京出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。洗礼名はレオナール。代表作に「自画像」「猫」など。

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この画家ほど謎の多い画家はあるまい。海外でもっとも知名度の高い画家ではあるが、日本では評判がよくない。
2002年に「藤田嗣治--異邦人の生涯」(近藤史人)が出て、この謎に包まれた画家の姿に迫った。この労作は、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。一冊の伝記が、一人の歴史的人物の姿を明るく照らした。

藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)

藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)

藤田嗣治は謎と誤解が生涯ついてまわる。日本という湿度の高い社会と二つの世界大戦という時代背景の中で、伝聞とやっかみがそういう藤田像を生んだ。

オカッパ頭が藤田のトレードマークだった。この異様な髪形も奇をてらった演出であるというのが大方の見方だった。
しかし、パリ時代貧乏のどん底にあった藤田は、節約のために伸びる頭の毛を前が見えるように自分で少しづつ切った結果生まれた髪形だった。その貧乏時代を忘れないように頑固にその髪型をまもったのだ。

第一次大戦と第二次大戦の間に挟まれた1920年代のエコールド・パリの華やかな時代を藤田はパリで多くの天才芸術家たちと過ごす。酒と議論と女に彩られた狂乱の時代である。モディリアニ、スーチン、キスリング、パスキン、、  、モデルのキキなど。その中心にいつも藤田はいた。
しかし、藤田は実は一滴も酒が飲めない体質だった。泥酔して騒ぐ姿をみんな知ってたのだが、実はそうではなかった。

藤田のまわりには常に女の影があった。裸婦像のモデルたちとの浮名を流した。
しかし、本人の述懐によればこのモデルたちとは友情で結ばれてはいたが、愛情を持っていたわけではなかった。
そして藤田の女性遍歴は、捨てられ続けたのが実相だった。

第二次大戦の前後、日本に滞在した藤田は、軍部からの要請で戦時意識を高揚させる戦争画を数多く描いている。パリ時代の繊細に女性を描く画法とはまったく違う新しい領域だった。このため、戦後は戦争協力者ということで、画壇から排斥される。
しかし、若くしてフランスに住み名を挙げた藤田は、日本の国難にあたって日本人としての務めを自分の領域でひたすら果たそうとしたのだ。そしてあげて戦争協力を行った画壇の責任を一人でとって日本を離れたのである。

藤田は68歳の時にフランスに帰化する。日本を捨てたと日本人から非難の声が起こる。策動、嫉妬、迫害、、。
しかし、あらゆる場面で陰湿な策謀がパリの藤田を襲っている。藤田は日本に捨てられたのだ。

藤田はそのパリでカトリックの洗礼を73歳で受ける。そしてレオナルド・フジタと改名する。レオナルドは、ダ・ヴィンチからとった。これも日本では思いあがっている、不遜であるとの非難を受ける。
しかし、藤田はこのレオナルド。ダ・ヴィンチを尊敬していたのだが、この改名は日本との告別の意味があった、

こうやって並べてみると、「乳白色の肌」とパリ画壇の絶賛を浴びた才能とは裏腹に、生涯を通じて誤解と中傷の中にいたと気の毒になる。

藤田は画業に関してはまことに勤勉だった。どんなときにも絵を描く時間だけは死守していたし、一日の仕事をすべて終えてから騒ぎに繰り出すようにしていた。

油絵に流麗な黒の輪郭線という日本画の技法を持ち込んだことが藤田の独創だった。
そしてパリで絶賛された「乳白色の肌」は、下地であるキャンバスの3重構造などの工夫の所産であった。そしてその秘密は今でも完全には解明されてはいない。日本画と洋画の融合の所産であった。

以下、藤田の絵に対する言葉を拾ってみる。

  • 日本画とか西洋画とか区別して描く絵を取り扱うことがすでに疑問であり、私は私の絵を単に藤田の絵と称している。ただ材料の如何によってそれが西洋画ともなり、日本画とも見らるるにすぎないと思っている。
  • 日本に帰って成功したとて日本の中だけの成功で桃太郎だけでは私は満足できません。
  • 今までの日本人画家は、パリに勉強しにきただけだ。俺は、パリで一流と認められるような仕事をしたい。
  • ルーブルでできる限りたくさんの絵を見ることの必要性を語り、大家の真似を決してしてはいけないなどと諭してくれた。」(村山密)
  • ああいう人(藤島武二)の絵を買っていたらあなたの財産はタダになります。ぼくの絵は全部国宝になるんですがね。