湯島聖堂と認証評価説明会。大学を考える日。

午後の説明会の前に、湯島聖堂を訪ねた。
1632年に尾張藩徳川義直が林道春(羅山)に私邸内につくらせた先聖殿が始まり。
1690年位5代将軍綱吉がこれを孔子をまつる孔子廟を造営し大成殿とした。現在の大成殿という扁額は綱吉の自筆。この時から聖堂と飛ばれた。
その後、火災によって焼失したが、幕府の実学重視のなかで再建はできなかった。
1797年寛政異学の禁によって聖堂の役目に光が当たり、林家の私塾から幕府の官立の昌平坂学問所として再建された。その後、70年間に亘り官立の大学として栄えた。柴野栗山、佐藤一斎、安井息軒などの学者を輩出した。
1871年明治維新で閉鎖。ここに国立博物館師範学校、女子師範、図書館などが建てられた。
1923年の関東大震災で焼失。
1935年に鉄筋コンクリートで再建し今日に至っている。
昌平は孔子の生まれた村の名前。


大成殿

櫂の木

うるし科の櫂の木。牧野富太郎博士が孔子木と命名。
曲そうにある孔子墓所に植えられている木。子貢が植えた。枝や葉が整然と繁っていることから書道の楷書の語源となった。大正4年に白沢保美が曲そうから種子を持ち帰り苗にした。儒学に関係の深い木。ここにある気は正子にあたる聖木である。

孔子廟

世界最大の孔子像。1975年に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈を受けた。

聖橋という名前は、この湯島聖堂と反対側に建つニコライ堂の二つの聖堂をつなぐという意味でつけられたものだ。