神渡良平「中村天風『幸せを呼び込む』思考」(講談社α新書)

神渡良平「中村天風『幸せを呼び込む』思考」(講談社α新書)を読了。

 

先日、多摩大にゲスト講師で見えた神渡先生の本。

著者は九大医学部中退で、記者などを経て作家になった。38歳、脳梗塞で右半身不随となるが、リハビリによって社会復帰する。安岡正篤中村天風、森信三など、人物論に定評がある。

中村天風「幸せを呼び込む」思考 (講談社+α新書)

中村天風の言葉によって、著者も含めて人生が充実した人々の物語だ。

ここでは、この本に記載された天風語録を渉猟してみたい。

  • 思考が人生を創る!
  • 体は病んでも、心まで病ますな!
  • 常に心に感謝と歓喜を持って事に当たれば、宇宙のエネルギーが流入する。
  • 人々の心に勇気を与える言葉、喜びを与える言葉、何ともいえず、人生を朗らかに感じるような言葉を、お互いに話し合うようにしよう。
  • いかなることがあっても、また、いかなることに対しても、かりにも消極的な否定的な言動を夢にも口にうるまい、また行うまい。そしていつも積極的で肯定的の態度を崩さぬよう努力しよう。
  • 心身を統一し、人間本来の面目に即した活き方、どんなときも、「清く、尊く、強く、正しい積極的な心」があれば、万物創造の力のある神韻標渺たる気と、計り知れない幽玄微妙な働きを持つ霊知が、量多く人間の生命の中に送りこまれてくるからである。
  • 俺は体が弱いと思ってりゃ体が弱くなる。俺は長生きできないと思っていりゃ長生きできない。俺は一生不運だと思っていりゃ不運になる。つまりあなた方が考えているとおりにあなた方にあなた方がしているんです。
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「名言との対話」10月25日。渋沢敬三

「職務は、忠実に完璧に望まれた以上のことをやる。しかし、残りの時間と金は使いたいように自由に使う」

-渋沢敬三渋沢栄一の孫。日銀総裁。大蔵大臣。アチック研究所設立。全68巻の「渋沢栄一伝記資料を30年かけて完成。52年間で480回もの旅。学問のパトロン

73歳で死に至るまで40年以上にわたって日本各地をくまなく歩き、民間の伝承を克明に調査した民俗学者・宮本常一の所属した渋沢敬三のアチック・ミューゼアムは、後に日本常民文化研究所となり、神奈川大学に吸収されて網野善彦(1928-2004年)の活動の場になる。網野は中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにした。その系統の中に赤坂憲男の東北学もある。

祖父の渋沢栄一から、子どもの頃どうか銀行にはいってくれと頼まれて、しかたなくその通りにした。「銀行の仕事は一度も面白いと思ったことがない」という渋沢は、夜と週末は趣味の民俗学に没頭した。

「6時半に書斎に入り、8時半まで学問。銀行(第一銀行、後に日銀)に出勤。夜は宴会。夜半帰宅するとアチック(屋根裏博物館)に入る。同人たちと1時、2時まで話し込む。週末のほとんどが旅行。民俗学関係の採訪。土曜の夜行で出かけ、日曜の夜行で帰京。月曜日は早朝から出勤というハードスケジュールだった。

非難を浴びると民俗学の研究は碁やゴルフと同じだと反論していた。「昭和39年以来相撲を見たことがない。、、ベースボール・マッチを見たことがない。ゴルフは行かぬ。碁、将棋はしない。マージャンは一ぺんもやらない。」との考えで時間を捻出したのである。このパトロンのおかげで民俗学民族学が花開いたのだ。民族学博物館構想の最終ランナーが梅棹忠夫である。

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「副学長日誌」志塾の風161025」

T-Studioの動画のラインアップも充実してきた。

www.tama.ac.jp

 

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