「アインシュタインの言葉」(弓場隆訳)

アインシュタインの言葉」(弓場隆訳)を読了。

アインシュタインが舌を出している有名な写真は、大学の講義で英単語のスペルミスを学生に指摘されたときに撮影されたものだが、ユーモアの精神にあふれた、そして世界中の人から親しまれたアインシュタインの人柄をよく表している。

この本の中から好きな言葉を抜き出してみたい。

  • 知的な馬鹿は、物事を複雑にする傾向があります。
  • 私はふたつのことに畏敬の念を抱いています。満天の空と自分の中にある宇宙です。
  • 大学における一般教養の価値は、多くの事実を学ぶことではなく、教科書から学べないものについて考えるよう頭を鍛えることにあります。
  • どんな政府もある程度は邪悪なものです。
  • 賞賛を浴びて腐敗するのを回避する唯一の方法は、粛々と仕事を続けることです。
  • 失うものがほとんどない年配者は、若い人たちのかわりに堂々と発言すべきだと思います。

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今年自分に課した「行」として、毎日の「名言のとの対話」を掲げた。
毎日、その日に亡くなった偉人か、生まれた偉人の名言を掲げ、彼の人生に対する感慨と、その名言との対話を試みている。
本日で、一ヶ月間、続いたことになる。いつまで続くかわからないが、ようやく面白みがわかってきたところだ。
できるだけ継続したいものだ。
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「名言との対話」1月31日。徳川家康

  • 人の一生は重荷を背負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。不自由を常とおもえば不足なし。こころの望みおこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の墓、いかりは敵とおもへ。勝事ばかり知りて、まくることを知らざれば害其身にいたる。おのれをを責て人を背むるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。
    • 家康は1542年生まれで、没したのは1616年、75歳だった。豊臣秀吉は、1537年生まれで没は1598年で62歳。家康は秀吉より5つ下で、かつ13年長生きしたから、秀吉の死後18年間を生き抜いたことになる。この18年の時間の重さが、徳川幕府の成立につながったのである。1月31日は家康の生まれた日。
    • 関東平野をつくったのは徳川家康で、河川に手をつけて洪水から救った。家康は抜群のフィールドワーカーで鷹狩と称して関東を歩き、肥沃な関東平野を生み出した。
    • 「あたを報するに恩を以てする」。家康はこの古語を愛用した。武田は八王子千人同心に、毛利は浦賀の水軍に使った。家康は敵を活かす懐の深い人だった。そういう人がどこまでも大きくなる。
    • 私は「天下は一人の天下に非ず。天下は天下の天下なり」というような柄の大きな言葉も好きだが、「強敵がいなくなれば、こちらの力も弱くなる」というような人生訓も気に入っている。
    • 「およそ人は一生の内三段の変化がある。十七八歳の頃は、交わる友に依って悪しくなる。三十歳頃には物ごとに慢心生じ、老朽の物を軽侮する心が出る。四十歳になると物に退屈し述懐の心が出て悪しくなる。この三段に変わらぬ人をよき人とはいうのだ」。こういう家康は、自らを律することのできた人であった。
    • 過ぎたるは及ばざるがごとし、ではなく、「及ばざるは過ぎたるよりまされり」とは面白い。6歳から織田、今川の人質生活を送った苦労人家康の言葉には、それぞれ深い知恵と遠慮が込められている。