文藝春秋3月号の「最後の言葉」という特集

文藝春秋3月号の「最後の言葉」という特集が目についた。
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  • 江藤淳「心身の不自由は進み、病苦は堪え難し。去る6月10日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。」
  • 菊池寛「私はさせる才分なくして文名を成し一生を大過なく暮らしました。多幸だったと思います。死去に際し、知友及び多年の読者各位にあつくお礼を申します。ただ皇国の隆昌を祈るのみ。吉月吉日」
  • 後藤田正晴「職業としてうらやましいと思うのは絵描きさん。優れた作品は数十年、数百年と残っていくものね、こういうのが、人間の生き方なんじゃないかなあと思う。その点、僕のしてきたことなんて、何だったんだろうと時々思う。残るものがない。」
  • 江國滋「おい癌め酌みかわそうぜ秋の酒」
  • 中野孝次「顧みて幸福なる生涯なりき。このことを天に感謝す。わが志・わが思想・わが願いはすべて、わが著作の中にあり。予は喜びも悲しみもすべて文学に託して生きたり。予を偲ぶ者あらば、予が著作を見よ。予に関わりをすべての人に感謝す。さらば。」
  • 向田邦子
    • 預金は定期2千万、普通2千500万。
    • 1千万はお母さんの小遣い(月5万づつおろして使ってください)として贈ります。
    • 1千万はマンションのローンを払ってください。和子さん(妹)に譲ります。
    • マンションBは保雄さん(弟)に贈ります。ただし(これが問題ですが、)しかるべき人をみつけて(女性に限る)一緒に暮らし、猫の世話をしてくれることが条件です。あとのお金は平等に分けて下さい。、、
    • マンションC。5-6千万が時価ですので、預金の残りに、私の死亡の補償金を足し、その中から4千万を迪子さん(妹)に贈ります。
    • 土地が3カ所ありますが、これは保雄さんに。売ってもいいから仕事のプラスにして下さい。
    • 絵と骨董品は和子さんに上げます。、、。
    • 洋服、宝石は、和子、迪子さんで、ジャンケンでひとつづつ、とっていって下さい。
    • それでもお金が残ったら、4人(お母さんもいれて)分けて下さい
    • 私の印税(TVの再放送料を含む)の代理人を和子さんに指定します。ただし、本の印税は、みなさんのおかげで(モデルになってもらって)すから、4人でわけて下さい。
    • どこで命を終わるのも運です。、骨を拾いにくることはありません。
    • 申しわすれましたが、ひろ子叔母さん、栄一、三郎両叔父さんには、物資のない時代にお世話になりました。お金の中からそれぞれ100万円づつを贈って下さい。
    • 仲よく暮らして下さい。お母さんを大切にして。私の分も長生きすること。

   邦子    (1979年)5月2日

向田邦子は、預金とマンション、土地、絵・骨董品、洋服・宝石、印税、などに分けて、母・弟・妹らにそれぞれ贈るように細かく指定していた。「どこで命を終わるのも運です。、、骨を拾いにくることはありません。」とある。この遺書は亡くなる2年ほど前に書かれている。飛行機事故(1981年8月22日)を想定していたかのようだ。女性らしく、また向田邦子らしいこの遺書は心を打つ。
中野孝次の「予の著作を見よ」には言う言葉はない。
後藤田正晴の「残っていく」仕事という言葉も示唆に富んでいる。
江國滋の辞世の句もすごみがある。
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「名言との対話」 2月16日。末川博。

  • 「法の理念は正義であり法の目的は平和であるだが、法の実践は社会悪とたたかう闘争である」
    • 末川博は京都大学在任中に滝川事件が起こり京都帝国大学を依願免官。戦後、立命館大学に総長として迎えられた民法学者。「東の我妻、西の末川」と称される関西の民法学の雄。末川の極めて大きな社会的業績として現在の六法全書の形を作り上げたことが挙げられる。2月16日は命日。
    • 立命館大学構内を少し歩くと末川記念会館がある。この中に名学長として著名だった末川のメモリアルルームがある。会館の向かい側には末川博の「未来を信じ未来に生きる。そこに青年の生命がある。」の石碑が建っている。「その貴い未来と生命を聖戦という美名のもとに奪い去られた青年学徒のなげきと怒りともだせを象徴するのがこの像である。本郷 新氏の制作。なげけるか いかれるか はたもだせるか きけ はてしなきわだつみのこえ この戦没学生記念像は広く世にわだつみの像として知られている。一九五三年一二月八日。立命館大学総長 末川 博 しるす」。
    • 「学問が政治や経済の支配勢力に奉仕する侍女となったり、利用される奴隷となったりする危険は今日いよいよ増大している。」という警世の名言も末川は吐いている
    • 法があれば正義や平和が自動的に訪れるのではない。法を現実化するのはたやすいことではない。それを破ろうとしたり、無力にしようとする圧力がかかってくる。それとの日々の闘いの中で法を実践することができる。理論家にして、優れた実践家であった末川博のこの言葉は法の本質を言い当てている。

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