堀文子「ホルトの木の下で」(幻戯書房)

花見の最後の日曜日とあって、公園には桜散るのを惜しむ老若男女が多数いる。
陽気につられて家内と一緒に花見散歩。

堀文子「ホルトの木の下で」(幻戯書房)を読了。

ホルトの木の下で

ホルトの木の下で

1918年生まれ。
5歳で、関東大震災に遭遇。「在るものはなくなる」
8歳、2/26事件に遭遇。

  • 「闘わず屈服せず」
                                                  • -

「名言との対話」。4月10日。扇谷正造

  • 「名刺で仕事をするな」
    • 「文春の池島新平、暮らしの手帖の花森安治、朝日の扇谷正造」と戦後マスコミの三羽がらすと大宅壮一が評した「週刊誌の鬼」、扇谷正造は4月10に死去。宮城県涌谷町出身。
    • 週刊朝日」編集長として同誌を10倍の100万部以上まで売り上げを伸ばした。学芸部長や論説委員を歴任した扇谷は朝日新聞社を去るにあたって「ジャーナリストは現代史の目撃者たれ」との言葉を残した。その後は、評論家として随筆や、文章の書き方など自己啓発本などを多数上梓した。この人の本はよく読んだ記憶がある。
    • 「プロサラリーマンを生みだすものは衝動的な気まぐれではなくて、持続的な努力である」「ただ、言われた通り、何も考えずに行動するのは、『仕事をしている』ではなく、『仕事を流している』に過ぎない」。こういう言葉に励まされた時代もあった。
    • 「四十にして初めて惑い、五十にして志を立て、六十にして事に励み、七十にして事をなしとげ、八十にして引退する」は、高齢社会の人生論として面白いが、昭和の時代には早すぎたのではないか。高齢社会を迎えた今は、これくらいでいい。
    • 「名刺で仕事をするな」は、1975年発刊の本のタイトル「諸君! 名刺で仕事をするな」からとったものだ。企業の看板で勝負するな、自分の人間性と本当の実力で仕事に立ち向かえと叱咤する仕事の名人の言葉だ。

少年時代の写真を発見。

前列:左から私、たかちゃん、弟
後列:左から、けんちゃん、ゆういっちゃん(樋口裕一)
肩に乗っているのは、鳩です。