- 往復ともウオーキング。写真は帰り道。
- 夕食後「スタートレック」の名番組を再び観る。製作は1980年代のはずだが、進化したアンドロイドに人権はあるかという今日的なテーマで考えさせられた。
「名言との対話」(誕生日編)1月11日。きだみのる「一番重要なことは長生きだ。、、長生きすれば、いま生きている連中の正誤がわかる。」
きだ みのる(本名・山田吉彦、1895年(明治28年)1月11日 - 1975年(昭和50年)7月25日) は、鹿児島県奄美大島出身の小説家、翻訳者。代表作『気違い部落』シリーズは映画化もされた[1]。
エッセイストの嵐山光三郎(元平凡社「太陽」編集部員。1942年生)による師匠・きだみのるの伝記によると、以下のようになる。面白いが、やっかいな人物である。きだは翻訳家、旅行家、詩人、作家、コスモポリタン、社会学者、という多面体であった。
生涯をかけて漂流に身をまかせた怪人。酒飲みで、勇敢。威張っていたが、知力は緻密で不純物がない。ギリシャ語とフランス語の達人。眼光鋭く、太い背骨がまっすぐにたち、肩も胸も厚い。
なみはずれた食欲、わい談を好み、単純生活者といいつつ哲学を語り、幸福論をぶちあげ、つきあったアナキストとの思い出を語る。フランス趣味と知識人への嫌悪。反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き。果てることのない食い意地。人間のさまざまな欲望がからみあった冒険者。
1895年奄美大島生まれ。35歳、ファーブル「昆虫記」の翻訳を始める。48歳、「モロッコ紀行」(日光書院)53歳、「気違い部落周遊紀行」(毎日出版文化賞)62歳、「気違い部落」が松竹で映画化。80歳、死去。
「共産主義者はすべてに先だって、マルクスの「資本論」より、ファーブルの「昆虫記」を読まなくちゃならない。現実探求のリアルな目は、これで養うのだ。」
「日本人は降伏を終戦と言い直した。占領軍を進駐軍といった。自尊心のオブラートで現実を包んで、ファクトを見ようとしない。」
当時日本も前のめりになったイラク戦争は後になって大義のないことが判明した。今年100年を迎えるロシア革命によるソ連邦の崩壊も意外な結末だった。中国の文化大革命の評価も同様だ。時間の経過とともにしだいに真実がわかってくる。生きているわずかの時間では事件の意味や正誤はなかなか分からない。どのような分野においても歴史の審判を見届けるには時間がかかる。
「副学長日誌・志塾の風170111」