多摩キャンパス:FD研修会(ルーブリック)。湘南キャンパス:日本国際文化学会での学長講演。インターゼミ。

多摩キャンパス

10時:FD研修会「ルブリック」。

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 湘南キャンパス

14時半:学長と面談:人事

    バートル先生:出版

    杉田学部長:人事

15時半:日本国際文化学会で学長講演「知の再武装」。

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・ 文化は人間の全体知。世界認識と時代認識。

・デジタル専制。ニューセブンシスターズ(520兆円)=GAFA(412兆円)+M(108兆円)。データを握っているプラットフォーマーズ。日本のトップ5の合計は62.9兆円。日本のものづくりは利益はあがらない。カエル跳びの経済。夢にカネがつく時代。第四次産業革命=ITXFT。データリズムの時代。アマゾンが金融に入ったら?

スマホ人生とショッピングモール人生。つがるのは便利だが、つながれる情況。ネットワーク情報革命の本質とジレンマ。

・アジアダイナミズム:2018年予測の一人GDP:シンガ6.2万ドル。香港4.9。日本4.1。韓国3.3。ブルネイ3.3。台湾2.6。中国1.0。タイ0.7。日本を除くアジア(中国・インド・アセアン5,、)%代後半の成長が続くと10数年後には現在の2倍。アメリカとの貿易15.1%(2011年11.7%からGAFA+Mで経済好調)。中国21.7%(政経分離)。港湾ランキング:東京31位・神戸55位・横浜57位・名古屋59位・大阪83位に転落。トップ10は中国中心、5位プサン(米国へ2日速い)。米中の貿易は日米の3倍。

・スーパーメガリージョン審議会:9年後に東京名古屋40分。7000万人の太平洋ベルト。早ければ2037年(20年後)に東京大阪1時間。

・戦後日本人の欠落は日本近代史のブラックアウトという時代認識とメルカトル図法による世界認識。地球儀。人流ではインバウンド2800万人が、6000万人になる。8割はアジア。期待と不安。文化摩擦。

・ジェロントロジー宣言:人口減少(2045年:秋田マイナス41.2%。北海道500万が370万。札幌に270万。キャピタル都市への人口集中)。1996年1億人、2008年1.28億人、2053年1億人。65歳以上は6.7%から38%へ。高齢者が社会参画するプラットフォームの設計。特に都市郊外型高齢社会での参画。農業、6000万人のインバウンドへの対応。今後様々の事業展開。それが社会の安定につながる。

フロイトアインシュタインの対話:暴力への誘惑あり。文化力で抑えることができる。知性で欲望をコントロール。知の力:流動性知能(覚える)。結晶性知能(つながり)。第三の知能「唯識性知能」を提案。AIは認識(recognize)・人間には意識(

consciousness)がある。五識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)と仏教の九識(六識「理知・感情」。七識「末那識(まなしき)・八識「阿頼耶識(あらやしき)」・九識「阿摩羅識(アマらしき)」。宗教は意識。人間が神をつくった。

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17時:インターゼミ

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「名言との対話(平成命日編)」7月7日。「台所の声を政治に反映させる」

奥 むめお(おく むめお、本名:奥 梅尾(読み同じ)、1895年10月24日 - 1997年7月7日)は、日本婦人運動家政治家。享年101。

 本を読むことによって「かえって大事なものからどんどん遠ざかってゆくようないらだち」にとらわれるようになり、真理は実践のなかにあり、本を読みすぎたと考え、姓名を偽り女工として紡績工場に入り、一女工として潜入取材したレポートが反響を呼んだ。

息子をおんぶしながら婦人参政権運動に取り組み、ねんねこ姿の婦人活動家として評判をよび、1947年の第1回参議院議員選挙で当選。「わたしは国会議員になったその日から、日本中のおしゃもじの心を心として働こう」と決心する。

1948年(昭和23年)に「不良マッチ退治主婦大会」が開催され、主婦たちは配給された不良マッチへの不満をぶつけ、マッチの配給制度を廃止に追い込んだ。奥むねおはエプロンとしゃもじを旗印に「台所の声を政治へ」結びつけるべく、全国の主婦たちの力を結集させ、主婦連合会をつくり、台所と政治の直結を訴えた。「平々凡々な女の日常生活のなかに政治を見出し、その道を光あり、幸ある明るいものにすること」を信念として女性や毎日の暮らしのための運動に尽くしたのだ。主婦連合会の創立当時の合言葉は「くらしのつらさは政治の悪さからくる、私たちの自覚の足りなさからもくる」。

主婦会館初代館長をつとめた主婦会館のサイトには「人間 奥むめおの軌跡」という写真集が掲載されている。奥むねおは、90歳を超えても主婦連の会長を務めており、92歳で自伝を発刊。そして100歳では、主婦会館建設の挨拶で次のようなメッセージを発している。「私の百歳の年に再び会館建設のご挨拶を申し上げる慶びを感謝いたします。叩けば門は必ず開くことを信じ、この世に生きる限り、世の中に役立つ人間として励みたいと思います。どうぞ皆さまのお力ぞえをお願いいたします。 主婦会館 名誉館長 奥むめお」。これが公に残した最後の言葉となり、翌1997年(平成九)年七月、新しい会館を見ることなく死去した。国立女性教育会館奥むめおコレクションがある。

「平々凡々な女の日常生活のなかに政治を見出し、その道を光あり、幸ある明るいものにすること」を信念として女性や毎日の暮らしのための運動に尽くした人である。台所の声を政治に反映させるためには、「行動しなければダメ」が口癖だった。奥むねおは生涯現役で女性解放運動に取り組んだ。この人は100年人生の生き方のモデルだ。