社会人大学院の「立志人物論」の受講者のアンケートから。日本人、中国人、ベトナム人。

午前http://k-hisatune.hatenablog.com/

・久米先生と懇談:専門職大学の話題。日下公人スクール。

・授業「立志人物伝」の5回目。

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午後

・事務局との定例ミーティング

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夜:大学院授業「立志人物論」。

・受講生の訪問した人物記念館の発表。「渋沢史料館」「山本有三記念館」「開高健記念館」「渋沢史料館」。

・講義・映像・感想・グループでの議論。

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以下、授業の感想。日本人。

・日頃から文学に慣れ親しんでない私にとって留学生の方々をリードするのは正直厳しかったです。文学だけでなく、近代の立志人物に関する知識は日本史の時間に触れ程度で今まで殆どかかわることはありませんでした。唯一夏目漱石正岡子規は自分の卒業した高校と縁が深かったので良く知っています。正岡子規は高校の先輩であり、夏目漱石が高校(当時は旧制中学)に英語教師として赴任してきた経験をもとに書いた小説が坊ちゃんが有名であり記憶に残っています。正岡子規の影響で高校でも俳句の授業もありました。根津に子規庵があるので機会があれば一度訪ねてみたいと思います。漱石と子規との間には深い友情があり、最愛の友を失った漱石はさぞ落胆した事であろうと思います。志賀直哉の暗夜行路は日本史で覚えた記憶はあるが内容については知識を持ち合わせてません。26年もかけた作品だとは知りませんでし。志賀直哉の文章は名文と呼ばれているので一度読んでみたいといます。また尾道にある志賀直哉旧居も是非訪れてみたい。風光明媚な街で海を見ながら書き出した小説が何故も26年かかったのかを感じながら読んでみたい。残り30分のグループディスカッションで驚いたのは留学生の方々が日本の近代文学史に非常に興味を持っている点である。日本人でさえあまり触れないのに外国人の方々が各作家に対して洞察を持ち各々の意見を語っていただいたのは面白かった。今度は中国の文学についても教えて頂きたいと感じました。また改めて日本の立志人物について触れてみたいといます。

・ライバルの存在。切磋琢磨する友の存在。これらの存在を考える上で、自分自身のことを考えるとこういった友の存在について胸を張って言えると思いました。彼らは大学時代の付き合いで、お互い刺激し合って、今でも良い関係だと自負しています。ただ、ライバルというと、目標としたい見習いたい上司の姿は浮かぶが、ライバルという点では、残念ながら思い浮かばなかったです。しかし、今回、岡本太郎パブロ・ピカソのことをライバルと語ったように、身近の人に限定することなく、半ば勝手にその道の人、業界の人をライバルに設定すれば良いのだと思い、気が楽になったと同時に、張り合いがでそうだなと思いました。今回紹介のあった人物に話を戻すと、三島由紀夫の生き様が印象に残りました。カナダのテレビ局のインタビューに堂々と、また、冷静に自身の考えを語る姿に畏敬の念を感じました。三島由紀夫の作品は、かつて「潮騒」を読んだことがあり(あまり詳細は覚えていないが)、当時読んだ時に美しい言い回し、表現方法がすごく印象に残っています。講義資料にあった「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、裕福な、抜け目がない、或る経済大国の一角に残るのであろう」、この言葉は、かつての日本が持っていたアイデンティティに対して、失われつつある現状を憂いた言葉のように感じました。講義を通じて、改めて、こういった文豪の作品に触れたいと感じました。

・「ライバルがいない(思い浮かばない)!」。ライバルとは何か?パッと説明できず、留学生のお二人が調べてくれた。「ライバルとは競争相手のこと」だ。(教えてくれてありがとうございます。)先生からは自分を高めるために、2ランク上の人を自分のライバルと思うとよい、そして格上のライバルに勝つには周到な事前準備をすべしとのアドバイスを頂いた。しかし、はたと自分を振り返ると、そもそも、ライバルが一人も思い浮かばないのである。これは自分を高めていけない、成長阻害要因だ。なぜライバルが思い浮かばないか、考察しなければいけない。電車に揺られ考えたところによると、ライバルが思い浮かばないのは、私がいつも「争いを避ける」選択をしているからだとの自己分析結果に至った。そうだ、私は争うことが苦痛でいつも、出来るだけ争いを避けてきたのだ。そして、私は争いは善くないという価値観を無意識に強く持っている。今日は、この価値観の見直しに着手しよう。争いの「何が」善くないのか。争い、つまり、暴力による問題の解決を目指す意思は、善くない。ここは間違っていない。次に、仕事やスポーツで競争相手と切磋琢磨する行為、これも争いの一種である。つまり、ライバルとの切磋琢磨という争い、これは自分と相手を高めることになり、善いことだ。暴力的争いと切磋琢磨する競争を峻別し、積極的に善い争いをしていきたい。読み返すと当たり前のことを書いているので読む人にうまく伝わるか不安だが、自分にとっては意味のある気づきだ。岡本太郎が人に笑われようが自分の歌いたい歌を歌う、と言っていたじゃないか。いや、それはやや文脈が違うか。いづれにせよ、これからは1、2ランク上のライバルを見つけて、競い合い切磋琢磨するぞ。もう一つ、結果的に似たような話しになりそうだが調和についても岡本太郎の言葉に衝撃を受けた。調和とぶつかり合うことについても、価値観の見直しをしたい。岡本太郎は、「調和なんて嫌いだ」と言っていた。私はぶつかり合うことが嫌いだ。ぶつかり合うことイコール、争いイコール善くないことという価値観がある。調和は大好きだ。だから岡本太郎の言葉に驚いた。さらに、岡本太郎は言う。「本気のぶつかり合いでしか真の調和は生まれない。」と。これは、グサッと刺さる言葉だった。つまり岡本太郎は正反合、止揚アウフヘーベンのことを言っている。真の調和は、争いのない、誰ともぶつからない、ふんわりとした、小綺麗なところでは生まれない。バチバチ本気でぶつかるような知的格闘の結果、苦しみの果てに生まれるもなのだ。と岡本太郎は言っているのだ。大阪万博のテーマたる「人類の進歩と調和」を否定して、丹下健三の設計した大天井に挑み、太陽の塔で大天井に風穴をあける。人の心を揺さぶる情熱。揺るぎない信念。私は、争いと苦しみを避けて、安易な緩い調和を善しとしていた。自分の今できる最高の地点で、相手とぶつかり合い、争い、苦しみ、真の調和に辿り着く、そんな調和を目指してみたい。岡本太郎の言葉には、そんな衝撃があった。そのほか、お二人の留学生と話した三島由紀夫の話も楽しかった。先生、クラスの皆様、今日は貴重な時間ご一緒させて頂き、感謝いたします。ありがとうございます。

・本日の人物論では、川端康成三島由紀夫の関係が大変興味深かったです。年齢の違いがありますが、世界的な作家がお互いを尊重していることに感銘を受けました。私自身は両者ともに存命している時を知っていますが、天才同士が強く惹かれている運命を感じます。小説の文体は異なりますが、川端の自然描写、三島の感情表現の凄さにあらためて感心させられます。個人的に三島由紀夫の壮絶な死が今でも記憶に残っています。市ヶ谷の自衛隊で決起を促したが、受け入れられず割腹自殺をしてしまいます。多彩な才能の持ち主だった三島がもう少し生きていたら、時代は変わっていたに違いないと思っています。偉人は早死にするということでしょうか。もう一人、あまり知らなかった人物として正岡子規がいます。友人だった夏目漱石はあまりにも有名ですが、子規が野球の名付け親だったとはなんとも面白い話しです。子規も若くして死んでしまいますが、ペニシリンがその時代に普及していれば結核で死ぬこともなかったでしょう。なんとも惜しい話です。数多くの偉人が日本を支えて、そのおかげで日本の発展があります。個人的な興味ですが、科学技術の発展に貢献した人物を取り上げて頂ければと思っています。次回授業を楽しみしております。

・ライバルと友の重要性について学び、再認識しました。「ライバル」岡本太郎ピカソ川端康成三島由紀夫。ライバルとは敵であると同時に、一番の理解者なのかもしれません。かつての大相撲における若貴兄弟と曙も、横綱としての栄誉を得ながらも、一方で横綱にしかわからない大きな苦悩もあったと考えます。その苦悩などは、同程度の力量をもち、最高位までのぼりつめたものしかわからない。だからこそ、敵同士ではありながらも、相手のことを認め、尊敬もする。そのようなライバルがいれば、お互いを高めあうことができ、いずれは良き友となれるのではないだろうか(若貴兄弟と曙が、現在友であるかどうかは存じませんが)、ライバルの存在は、やはり大切であると認識しました。「友」。正岡子規夏目漱石志賀直哉武者小路実篤。 正岡子規のことをしったのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」でした。坂の上の雲においても、正岡子規夏目漱石の友情について言及があったと記憶しております。お互いの力を認め合う友、非常に心強い存在でしょう。 志賀直哉武者小路実篤の友情には驚きました。志賀直哉が26年もの歳月をかけて書き上げた「暗夜行路」を、友である武者小路実篤に捧げる。もし私が志賀直哉であったら、すべてを私のものとしたことでしょう。友というと馴れ合うというイメージもありますが、真の友というのはそうではない。影響を与え合いながら、お互いに成長する存在である。そのような友が身近にいるのであれば、一人きりで努力をするよりも格段に速いスピードで成長をしていけるのでしょう。ひるがえって、自分はどうであろうか。ライバルは…、「いない」。強いて言えば過去の自分がライバルだ、などと言ったこともありますが、他人と競うことを避けていたのだと考えます。ライバルを設定して、その人物に負けたとき、立ち直れなくなるほど傷つく、そのことを恐れていたのだと思います。しかし、「この業界のトップランナーになりたい」という思いはあります。では、まずこの業界における現在のトップランナーは誰かを設定し、その方をライバルとすることから始めよう、と今決心しました。私がこれからライバルとする「その方」は、きっと私よりも頭の良い人でしょう。しかし、準備をすることで互角になる、そしてその方の2倍働けば、勝つことができると考えます。友についてはどうであろうか。私は中学生のころから、「友だちはいない」と公言している。すでに20年以上が経過しています。その理由は、中学一年生のとき、友だちとはスーパーファミコン1台分の価値しかない、ということをまのあたりにしてしまったからです。それ以来、私に友という存在はいません。しかし、そんな私にも、少数ではあるがビジネスパートナーはいます。彼らはその分野におけるエキスパートであり、私にないものをもっている。私は彼らを信頼している、彼らも私のことを信頼してくれている。お互いにプロとして認め合い、仕事を依頼し・依頼される関係である。尊敬すべき人たちである。しかし、尊敬はしているが、現状では、影響を与え合いながらお互いに成長をしていく関係ではない。もう20年以上も友のいない私であるが、ビジネスパートナーに一歩踏み込み、友の関係になることを真剣に検討してみようと、今回の講義を通じて考えました。20年以上も友をつくることを拒否していた私ですから、友をつくることに正直不安はあります。しかしそこは、岡本太郎のいう「危険な道をいけ」、「怖かったら怖いほど飛び込め」、「自分の姿をありのままに直視する。それが強さだ」を胸に刻み、挑戦をします。最後に、留学生との意見交換は非常に勉強になります。日本人での常識が常識ではない。それは留学生に問題があるというのではなく、常識という固定観念にとらわれている私に問題があるのです。新しい発見をいただいています。ありがとうございます。今回も学びの多い時間をいただき感謝申し上げます。今後の講義も楽しみにしております。

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以下、留学生。中国人、ベトナム人

・今夜はライバルと友達をテーマとして、日本の有名な小説家や作家が紹介されました。その中には三島と川端がノーベル賞のために競争しあい、お互いに良い小説が出来上がりました。ライバルを作るのは友人同士とか、ピカソといった歴史上の人物でもかまいません!確かに、久恒先生が仰った通り、自分のライバルを作ることが大事です。自分よりツーランク上の人をライバルにすることもすごく重要なポイントです。自分の欠点を見抜けして、前もって準備をし、いつかライバルを追い超えることも可能だというのが今日の勉強になりました。今日の授業を通じて、初めて日本の小説の神と尊称する志賀直哉を知りました。恐らく実篤の支えを置いて、こんな傑作は作れないでしょう。そして、これから「暗夜行路」を読みたいと思います。

・今日の講義は紹介されていただいた日本の人物でしたが、人物のライバルと友達の関係でした。ほぼ 初めて聞いていた人物です。しかし、夏目漱石ベトナムの大学で日本文化を勉強した時、「吾輩は猫である」という名作を学んだことがあります。猫の視点で明治代の知識層の人間を語りました。結構面白いと思います。さすが イギリスの教育を受けた夏目漱石でした。大変勉強になります。

・今回の授業を受けていただき、何人をライバルに紹介をさせてくれました。その中で、二つ深い印象を残りました。一つは、岡本太郎さんの名言「いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ」です。ご自分らしく自由に生きる、より豊かな人生を過ごすという気持ちを大切だと思います。または、踏み出す勇気が出る! 思い切って行動するも大事なことです。もう一つは、夏目漱石の「道楽と職業」です。夏目漱石さんは、他人のためにすることを職業、自分ためにすることを道楽、としています。 職業とは、他人のためにすることです。「他人のため」とはすなわち、他人の欲望を満たすことであり、一方、道楽とは、自分のためにすることです。 人は職業を通じて得た対価を用いて、自分の欲望を満たします。自分が食うためには他人のために何かしらをする必要があり、ということを解明しました。昔と比べ、職業は加速度的に増えたとともに、細分化してきました。自分の研究以外には何も知らない人間が多く出てきました。研究は狭く深いものであり、自分の専門にかけては非常に知識が豊富かもしれぬが、一般教養の欠如した人間が増えていると説きます。そういう時代を生きる我々に必要なもの、それ即ち「文学」であると説きます。人間に共通な点についての批評なり叙述であるため、職業や階級の如何に関わらず、人間相互の結びつきを強めてくれるものだと言います。文学は人間学であり、狭い視野を拡げてくれる存在だと認識しました。

・授業を通して、成長できるために、尊敬して、目標にできるライバルを作らなければならないということがわかりました。ライバルというよりむしろ先生と師範です。ライバルと良い友人 になると、お互いから学び合い、一緒に進歩することができますが、競争心から嫉妬心を生み出すかもしれません。人を追い抜くことや勝つことばかりではなくて、思いやりの心や人に譲る心のある人になるべきだとずっと思っていました。しかし、三島由紀夫の「嫉妬こそ生きる力だ』という言葉を読んで、競争と嫉妬の関係をあらためて理解していきたいと思います。

・今日の授業に紹介した人物の中で、夏目漱石正岡子規が一番興味がありました。夏目漱石正岡子規は第一高等中学時代に初めて出会います。正岡子規のため、夏目漱石は俳句を書くことを学び始めました。 明治33年、夏目漱石はイギリスに留学する前に、親友の正岡子規は重い病気で夏目漱石の見送りもできず、俳句を書いてだけで夏目漱石に送りました。「萩すすき 来年あはむ さりながら」「秋の雨 荷物ぬらすな 風邪ひくな」イギリスに出発日に、天気予報は雨でした。2年後、夏目漱石は帰国時に、正岡子規結核でなくなりました。夏目漱石は一生で2,000以上の俳句を書きましたが、そのすべては正岡子規が生きている間に書かれました。 正岡子規が死後、夏目漱石は俳句を書くのやる気もなくなったと思います。本日の講義を通して、この二人の友情に感動しました。

・今回三島由紀夫川端康成について初めて知ったのですが、先生の授業を聞くうちに少しづつ理解していきました。川端康成はいつも愛情についての物事を美しい言葉で表現しました。彼の作品の伊豆の踊子は中国でも有名で授業を聞いて彼が書いた作品であると知り驚きました。彼は幼い日からともに住んでいた多くの人を亡くした経験から人の死の描写から物語が始まる作品が多くあります。三島由紀夫は幼いころから特殊な教育をされてきました。また、その経験もあり繊細でインパクトのある作品を書いてきました。また、ゆがんだ愛情について多く書かれました。二人は友でありながら、一方ライバルという存在でした。三島由紀夫は戦後の世の中を憂いで最後は切腹しました。川端康成の自殺はその影響によるものであると思います。また、私はノーベル賞三島由紀夫が受賞していれば自殺するのか?と思いました。戦後の日本社会に絶望したという理由もありますが、一方で彼はノーベル賞で世界的に認められたならまた自殺するのでしょうか?

・今日紹介された人物は文学家、小説家ですね。恥ずかしい、前は了解が少し、他の人は初めて聞きました。川端康成は自分の一番好きな日本作家です。作品をだいぶ読みました。ノーベル文学賞受賞理由と同じ、日本の特の美しさの精髄を、すぐれた感受をもって表現、世界の人に深い感銘を与える。先生の話を通じて川端さんはいつも新しい才能の若手を発見したことを知って、本当に偉い人と思います。さて、同グールプの日本方同士と交流して、日本人の多数は夏目漱石が文学の一番目と思う。なぜか?疑問だね。岡本太郎さんは面白い人ね。「他人は笑おうが笑うまいか、自分の歌を歌えばいいんだよ」。その句が好きです。人生は自分好きなスタイルで生きる! 作品について興味が持って、週末美術館に行きましょう!

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「名言との対話」10月19日。連城三紀彦「人間関係というのは相手との距離さえ置けばうまくいく。もめるのはその距離を越えようとするからだ」

連城 三紀彦(れんじょう みきひこ、1948年1月11日 - 2013年10月19日)は、日本小説家

 1977年に探偵小説誌「幻影城」の新人賞に入選しデビュー。1981年に「戻り川心中」で日本推理作家協会賞の短編賞を、1984年には『恋文』で直木賞を受けた。情感あふれる恋愛小説や緻密な構成をもつミステリーで知られ、映像化された作品も多い。
連城三紀彦のミステリーを読んだことがない人に向けて」編まれた『連城三紀彦レジェンド』は、連城ファンのミステリー作家の綾辻行人伊坂幸太郎小野不由美米澤穂信の編である。巻末の綾辻・伊坂の対談では、「どの作品もレベルが高い」「逆転の形をまず決めて、それを主軸にいろいろ要素を付け加えて話を組み立てている」「人間を描くことよりも、読者を騙すことに生きがいを感じる」などど説明している。

 この本の最初の「依子の日記」と、同郷の小野不由美の勧める「桔梗の宿」、最後の「母の手紙」を読んでみた。どちらも人間の心の闇の部分をえぐり出す作品で、おどろおどろしている。

連城は生涯独身を通し、晩年は母の介護と自らの病いで時間に追われる日々だった。真宗大谷派僧侶でもあった。享年65。

ミステリーと恋愛、そしてその融合が作風であるこの作家は、人間関係をテーマとしたということができるだろう。相手に応じた「距離感のマネジメント」が平穏な人生を送る秘訣だろうが、人間の心理を扱うミステリーや、揺れ動く心を描く恋愛小説というものは、登場人物同士の距離感覚の違いがもたらす悲喜劇ということだろう。これを機会に同業の後輩作家たちが絶賛するこの人の作品を読むことにしよう。