優れた職業人に共通するキーワードを発見。

 図解塾の準備中に、優れた職業人たちの共通項を発見しました。

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安野光雅画家)。樹木希林(女優)。野村萬斎能楽師)。谷川俊太郎(詩人)。今和次郎考現学者)。不染鉄(画家)。田中角栄(政治家)。孫正義(経営者)。宮崎正勝(歴史学者)。吉田初三郎(鳥瞰図絵師)。梅田望夫コンサルタント)。小宮山宏(東大総長)。飯田亮(経営者)。阿久悠(作詞家)。白川義員(写真家)。宮城音弥(心理学者)。磯田直史(歴史学者)。横尾忠則(画家)。加藤典洋(文芸評論家)。下中弥三郎平凡社創業者)。山口晃大和絵画家)。松浦武四郎(探検家)。真鍋博イラストレーター)

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NJ社の原稿修正を始める:第1章。

大谷翔平の今季の成績:私の予想は「10勝。20本。3割」。

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「名言との対話」3月22日。草間弥生「一生は一度しかありません、大いに戦っていきたいと思います」

草間 彌生(くさま やよい、1929年昭和4年)3月22日 - )は、芸術家

長野県松本市生まれ。編目と水玉のパターンが増殖する独特の画風の前衛芸術家である。10歳で水玉と網模様をモチーフに絵を描く。幻視と幻聴を体験する。16歳で初入選。28歳で渡米。29歳初個展。30代では」「前衛の女王」の異名をとった。ニューヨークでは、反戦・反体制のハプニングの女王と呼ばれた。44歳帰国。49歳で小説「マンハッタン自殺未遂常習犯」を発表。54歳で小説「クリストファー男娼窟」が野生時代新人賞。71歳芸術選奨文部大臣賞。72歳朝日賞。80歳文化功労者。2016年の87歳では『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に日本人でただひとり選ばれた。同じく2016年には文化勲章も受章している。

2013年に大分市美術館で開催中の「草間弥生展--永遠の永遠の永遠」を観る機会があった。草間は2000年頃から国内での大規模な個展を相次いで行っているので、よく名前を知られるようになった。東京でも何回かチャンスはあったが観ることができなかったが、ようやく旅行先の大分で観ることができた。草間弥生は、網目や水玉のパターンが増殖する常同反復の作品を生涯にわたって描き続けてきた。自分を前衛芸術家と規定している。会場のビデオで「ピカソも出し抜きたい。トップになりたい」と語っていた映像を観てその迫力に驚いた。そして「時よ、待ってくれ。私はまだ仕事がしたい」と意欲を示していた。
精神病院を拠点にアトリエに通う毎日で、強迫神経症で自殺の恐怖と戦うために絵を描いている。つまり絵の力で生きていることになる。東山魁夷も「絵を描いていないと何をしでかすわからない」と語っていたことを思い出した。「描きまくって死ぬの。1000枚でも2000枚でも」「闘っている」。恐怖を創造の力で抑え込んでいるのだ。

信州大学の初代精神科教授の西丸四方(1910−2002)は主治医の立場で本物の抽象画を描く草間を見ている。幻覚と幻聴から逃れるために描き続ける草間を題材として「分裂性女性天才画家」という演題で精神神経の学会で発表している。

草間の詩もいい。「、、、わたしは芸術の盾を持って、もっともっと人間としてのぼりつめていきたい。宇宙の果ての果てまで心の高揚にすがりついて生きて生きたいと祈る」(未来はわたしのもの)

2016年の文化勲章受章時には、「草間彌生の生き様を見ていただきたい。私は多くの人々が私の芸術を見てもらうことに全てを賭けています」と挨拶している。また「これから先、自分はどう生活していくかというと、やっぱり自分は死に物狂いで芸術をやって、死んだ後もなおかつ何千年も人々が心を打たれる芸術を作っていきたい」とも語っている。

草間弥生は「一生一度」の考えで、本日92歳を迎えた今も、オリジナルの作品をつくる毎日を過ごしているだろうか。この機会に2017年に東京都新宿区にオープンした「草間彌生美術館」を訪れたい。