5月「経済の本質的課題」
- 個人:勤労者可処分所得のピークは1997年49.7万円、現在47.1万。家計消費のピークは1993年33.5万、現在27.8万。所得が減少、未来への不安で消費しない。
- 企業:経常利益2019年71.4兆円と21Cに入る2倍以上。配分はどうか? 人件費は1995年と2019年は202.3兆円と同じ。設備投資は1995年と2019年は44兆円と同じ。一方、内部留保は増加。配当金は大きく増加(株式の外人比率は30.1%)。
- 賃金が上がらないのはなぜか。労組の組織率は30%から2020年は17.1%にダウン。雇用形態は非正規雇用は1990年20%、2020年37.2%、コロナ禍でさらに社会的弱者へ。ワーキングプア問題。製造業等は▲437万人、広義のサービス業(介護を含む)は+721万人で87万円低く年収は390万円。勤労者5963万人のうち年収200万以下は1854万人で31.1%。これは生活保護265万人の200万以下だ。
- 21世紀に入って、格差と貧困が拡大している。「資本主義」は欲と道連れだけではない。マックス・ウエーバーのプロテスタントの精神(勤勉、誠実、克己、切磋琢磨)と渋沢栄一の「論語と算盤」の資本主義。経済道徳合一主義、士魂商才、社会的責任、倹約・布施・報徳。
日露関係の近代史。ウクライナという視界から。
- 極東リシアの620万人の半分はウクライナの血。19世紀後半の農業移民5万人、1917年ロシア革命にウクライナが反対したため送られた、2次大戦でウクライナがヒトラーと呼応したためシベリア送り。
- ロシア史の原点はウクライナ:キエフ大公国(882-1240)。998年?ウラジミール公がキリスト教に改宗。1326年モンゴルの攻勢にあって首都をキエフからモスクワに移し第3のローマをつくろうとした。ウラジミール・プーチンはロシア正教で束ねようとしている。ウクライナは重要な存在だ。
- 要衝としてのウクライナ:1996年ブレジンスキー・ドクトリンではウクライナをNATOに加盟させようとした。2014年キッシンジャー・ドクトリンではウクライナのフィンランド化(ロシアの勢力下だが社会制度と資本主義を確保)。ウクライナはロシアの技術の基盤の役割がある。宇宙航空工学(キエフ工科大学)、原子力(チェルノブイリあり)、100万人のユダヤ人がいた(「屋根の上のバイリン弾き」)。
- 近代史の日露関係:日双方にある2つのわだかまり。1917年のロシア革命時のシベリア出兵。7万人の兵士を投入。1922年まで居座った。赤色革命への恐怖心。天皇制という国体護持。1939年のノモンハン事件。満州国とモンゴルの境界線をめぐる争い。23個師団は2万人の死で壊滅。以後、南進論に傾斜していく。1941年日ソ中立条約(5年間有効)。1945年にソ連は国際条約違反の対日参戦。シベリア抑留者は64万人で7万人が死亡。1993年に来日したエリツインが初めて謝罪。
次回の6月は「北方領土問題」を」扱う。ソ連は連合国の一員として参戦、国連(UNITD NATIONS)は戦勝国連合。
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午後:目黒で橘川、柴田さんとミーティング。電子出版。
バジリコプロジェクト始動。70年小説の原稿を渡す。
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ラジオ深夜便のアンコール番組。
・やなせたかし「ぼくの人生はこれから始まる」(前・後)
・馬場あき子「時代を創った女たち」(前・後)
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「名言との対話」5月16日。池宮彰一郎「「人の手で作り出された困難は、人の力で打開できぬことはない」
池宮 彰一郎(いけみや しょういちろう、1923年5月16日 - 2007年5月6日)は、日本の脚本家、小説家。
東京生まれ。満州で陸軍に徴兵される。兵舎に放火して南方送りとなり、ペリリュー島逆上陸作戦に参加、3000名いた部隊で生き残ったのは20~30名だったという。その後、台湾に引き上げる際にも輸送船が撃沈され、生還率1%以下の中で生き残った。
東京地方裁判所の書記官になるが、「どうせ死んだ命。新しい人生は自分のやってみたいことをやってみようじゃないか」と映画界に入り45年間、脚本家として活躍した。映画は70本、テレビは400本の実績がある。「十三人の刺客」「大殺陣」で京都市民映画脚本賞を受賞した。
1992年、69歳で初めて執筆した時代小説「四十七人の刺客」で新田次郎を受賞した。この作品は1994年に市川崑監督、高倉健主演で映画となった。1999年「島津奔る」で柴田錬三郎賞を受賞。ほかに「事変」「高杉晋作」「遁げろ家康」「本能寺」「天下騒乱 鍵屋ノ辻」などのい作品がある。
小説を書くとき、「脚本の方法論を全て捨てよう」と一からはじめる。脚本の方法論と小説の方法論の違いは私にはわからないが、新しい世界に入っていくときの気概は理解できる。
池宮の歴史小説観を聴こう。
史料に新しい解釈を加え、全く新しい人物像に作り替える。人物像の造形が歴史小説の一番の眼目で、自分の持っている「主義主張」を仮託するに足りる人物を創り上げていく。近松の「虚実皮膜」論に尽きるとの考えだ。歴史小説は、現代とどうつながるかが面白さだ。
信長は千年に一人の天才、日本始まって以来の天才であり、その特徴を美意識にある。天才でもなく、名人でもない凡人の人生の意義はどこにあるのか。「凡人は天才に奉仕することで生の喜びを得る。天才は奉仕の喜びを与えることで報いとする」ということらしい。
そしてついには、司馬史観とも違う「池宮史観」と呼ばれる独特の作品群となっていった。
1923年(大正12年)生まれは、司馬遼太郎、池波正太郎、遠藤周作、隆慶一郎という小説家がでるなど当たり年だ。私の父と同い年だから、彼らの人生をながめると父の人生とだぶってみえるだろう。この年生まれの人物をあげてみよう。ーー千玄室。船越英二。原田泰夫。石濱恒夫。陳舜臣。李登輝。千石イス¥エス。上羽秀。海部八郎。三波春夫。加島祥造。根上淳。辻勲。竹内実。江頭匡一。虫明亜呂無。ジャック・オニール。三国連太郎。西丸震哉。大山倍達。田村義也。宮崎勇。白井義男。利光松男。中村秀一郎。渡辺美智雄。田村隆一。下河辺淳。田淵節也。永井道雄。鈴木清順。永谷嘉男。森嶋通夫。佐藤愛子。リー・クアンユー。この年は関東大震災の年だ。人口は5800万人。学徒出陣の世代である。いずれこの世代のことを書くこともあるだろう。
池宮彰太郎が歴史小説を書くのは「現代」への警告のためだ。2001年発行の『池宮彰太郎 戦国歴史舞台を歩く』(毎日ムック)で、時代認識を明らかにしている。それは、「現在の日本は過去最大の危機にある。人間の心の腐敗が進行している。責任回避。無責任体質。既得権の横行。日本倒産。、、、」である。
戦国時代を深掘りする中で、バブル崩壊後10年の時点で「日本大改革」の処方箋を書こうとしたのだ。それから20年経った21世紀の現在、この危機はさらに深く進行している。
小説家は小説の中で人生観、世界観を吐露する。池宮彰太郎は「人の手で作り出された困難は、人の力で打開できぬことはない」とし、「天下も、色恋も利で動く」とも語っている。現在における「利」とはなんだろうか。