図解塾・課外授業の7回目のテーマは「遅咲き偉人伝」ーーー好奇心、問題意識、継続、独学、、。

図解塾・課外授業のテーマは、前回の「ライフワーク」に続き、「遅咲き偉人伝」でした。深呼吸学部主催の裏番組があり、参加者は東京、大阪、仙台から5名でした。

今回の準備の過程で、「遅咲き」とは何歳からなのかという問いが生まれ、自分なりの答えがでたことが収穫でした。

紹介した人々は、拙著の『遅咲き偉人伝』(PHP研究所)の松本清張から、、、。『人生遅咲きの時代』(日本社会研究所)の橋本武から、、、。『100年人生の生き方死に方』(さくら舎)の親鸞から、、、。

次回は「独学の人々」を準備したいと思っています。

以下、受講生の感想。

  • 本日もありがとうございました。今日は参加者が少なく、非常に贅沢な時間でした。「遅咲き」との出会い、これは10年前に「遅咲き偉人伝」を読んで感動したところから始まりました。当時、都立高校の副校長で激務の中、このまま終わってしまっていいのだろうかと悩んでいたところでした。この中の人物の生きざまに大いに元気づけられ、希望をもたせてもらいました。当時、副校長会のまとめ役だったので他の副校長にも紹介したいと提案して、久恒先生を講師に招いて講演会を開きました。たいへん好評でした。今後もぜひ、多くの方に伝えていただければと思いました。数年前、寺島実郎先生の「ジェロントロジー宣言」の出版記念講演会が八重洲ブックセンターで行われ聴きに行きましたが、その中で「国道16号線沿いの団地に住むかつての企業戦士たちが退職後することがなくてクレーマーになりさがっている。」ということを聞いて衝撃を受けました。そのようにならないためにも、ぜひ現役のうちから多くの方々に自分の先を見据えた生き方を考えていただく機会があればと思いました。「好奇心」ということが一つのキーワードだと分かりました。今の若い人たちにも将来、「末永くいつももてるような好奇心」を育て、身に付けてもらいたいと思います。そのために学校教育で何を大切にすべきか、真剣に考えないといけないと思いました。
  • 久恒先生、皆様、本日もお疲れさまでした。遅咲き偉人のシャワーを浴びながら私が拾った言葉は、「問題意識」と「継続」です。そしてそれぞれを後押しする言葉を添えると、「問題意識↼好奇心」、「継続↼向上心」となり、これらが人に交互に働きかけ、人を走らせ続けるのだ。と思い至った次第です。以前の講義で出会った「好きになる→続ける→上手くなる→もっと好きになる→気づいたらずっと続けている」というループはこういう事が原動力となっているのだと合点しました。偉人云々を学ぶ以前に「生きる為の張り合い」としてこのような心の持ち方を大事にしたいと思いました。次回も宜しくお願い致します。
  •  本日は、遅咲きのたくさんの方々をご紹介いただきました。長寿の方々が多く、残されたものも多い方々ばかりでした。人生100年時代、遅く咲いた方が良い。その先が長いから。なるほどと思いました。独自のテーマを独学で追い続けた人が花開いている。咲くかどうかはおいておいて、今までの経験と、好奇心を持てるものがあると、それに向かって、これからの人生楽しめそうです。次回の課外授業は独学ですね。今は、家時間で独学は、ピッタリですね。本日もありがとうございました。
  • 久恒先生、ZOOM授業「遅咲き」ありがとうございました。遅くなってもまだ咲かない私です。以下久恒先生語録「人生は遅咲きが丁度良い」「80歳は昔の50歳」「100歳時代、遅咲きが増える」「女性誌が遅咲きを取り上げたのは驚き」「自分のピークを超えたと思っている人はパっとしない」「100年時代は独学で対抗できる」。川柳が面白い「晩学へ明日を語れる友が出来」。印象に残った人。与謝野晶子「一芸を極めよ」、橋本武(灘高校長)101歳まで人生を謳歌親鸞没90歳。鈴木大拙「成長はまたつねに苦痛をともなう」これはまさに名言、全国民に訴えたい。

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午前:「仏教未来フェス」を主宰する丹波の横田さんからZOOMでインタビューを受けました。八宗綱要、仏教図解塾などが話題に。
午後:恵比寿の「喫茶・銀座」でディスカバー21社の小田さんを橘川さんに紹介される。新規案件が始まります。この出版社からは本を出しており、講演会をしたこともある。小田さんは私のメルマガをずっと読んでいるとのことでした。
志 KOKOROZASHI 混迷の時代 道をひらく言葉
 

 終わって、恵比寿駅前のホテル・エクセレントで橘川さんんと打ち合わせ。

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「名言との対話」5月19日。ポルポト「僕は将来、革命組織を指揮する」
山田寛『ポル・ポト「革命」史 虐殺と破壊の四年間』(講談社選書・メチエ)を読んだ。
この本の裏表紙には「 囚人1万4千人、生還者7人監獄。無軌道に展開した強制労働者、密告、そして処刑。社会基盤を破壊し全国民の5分の1を死に追いやったポル・ポト政権はいかにして「革命」を遂行したのか。20世紀最大の蛮行、その軌跡と背景を完全解説」とある。
ポル・ポトの「革命」と「蛮行」で、人口800万人の小国で150万人(推計)が死に、カンボジアの人口は4分の1に激減したのである。
1975年、ロン・ノル政権が陥落。ポル・ポトが率いる政権は、仏教徒を弾圧し、教育を軽視し、文化を敵視した。そして通貨と市場を廃止した。集団食事制などで家族も破壊した。カンボジアの民衆の拠り所であった「家族」「仏教」「土地」をすべて取り上げたのである。
大人を信用せず教育を全否定し、子どもを重視。子ども医師、子ども看護士、子ども薬剤師などを導入し国は大混乱に陥った。
ポル・ポト自身は表にはでないで統治したという不思議なスタイルだった。経歴や写真は非公開であり、秘密主義は徹底していた。この本には1997年に人民裁判にかけられたポル・ポト老人の写真が掲載されている。アジアのヒトラーは1998年にジャングルで死んでいる。
2016年にカンボジア王立プノンペン大学外国部学部日本学科のレスミー学科長と多摩大学との協定の打ち合わせをしたことがある。レスミーさんは若い女性だったが、ポル・ポト政権下で大人が多く死んでしまったので、国民の年齢が非常に若いという言葉が印象に残っている。
「僕は将来、革命組織を指揮する」は、ポル・ポトがフランス留学中に友人にか語った言葉である。ポル・ポト自身は「われわれが闘争をしたから、カンボジアベトナムに呑み込まれずにすんだ」と自賛しているのだが、この政権の1975年からの4年間で、毎日1100人を死に追いやったのだ。確かにポル・ポトは革命を指導したが、強制と粛清と虐殺と破壊のオンパレードという虚構の革命であった。