「70年小説」という新しいテーマと「ソーシャル編集」という新しい方法。

深呼吸学部の1970年前後をテーマとした1万字以内の短編を10人の執筆者から10本集めて「70年小説」という本にする企画に参加して、『ゼロのスパイラル』という自伝的作品を書いてみました。

これから「ソーシャル編集」にかけて磨いていくことになります。1970年前後は、私にとっては自分が生きた時代なのですが、他の執筆者は若い人が多いので、調べて書くので、大変でしょうね。

以下、見出し。

「朝の厨に貧しき人のため弁護士を志すと吾子は告げに来」「それは君の意見か」「山で楽しく遊ぶだけでいいのだろうか」「自分は今まで言葉をもてあそんでいただけなのだ」「探検とは何か」「合法か、無法か」言葉が少しずつで出るようになった」「若者よ、その日のために、体をきたえておけ」「自分がやりたいのは何なのだろうか」「探検される側にとっての探検とは何か」「考験の旅」「青白きインテリを否定。体力・精神力ともにタフな行動的人間に」

底本は『団塊坊ちゃん青春記』。

団塊坊ちゃん青春記

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ユーチューブ「ラジオ深夜便」.

「私のアート交遊録」から

・田淵俊夫:平山郁夫の弟子として薬師寺の食堂(じきどう)の襖絵を書き終えた話。

イッセー尾形:「ひとり芝居」の名手の「朗読劇」体験録。

「私の人生手帳」から

・松岡和子:27年かけてシェークスピア全集を女性で初めて完訳した話。

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「名言との対話」5月28日。西尾孝「問題を解きながら考え抜いて、解答を見るという方法を用いると、覚えたイディオムは一生忘れないものである」

西尾 孝(にしお たかし、1916年(大正5年)5月28日 -? )は、英語教師。早稲田大学教授、代々木ゼミナール講師。

赤坂中学校時代に、斉藤秀三郎門下の紀太藤一の教えを受ける。1940年 早稲田大学文学部英文学科卒業を首席卒業し、府立八中(後の小山台高等学校)教諭となる。1946年に母校の早稲田大学講師、後に教授となる。学園紛争を機に大学を退職する。代々木ゼミナールなどの予備校生に人気のあるカリスマ講師であった。また旺文社の大学受験ラジオ講座の講師をながくつとめている。

「実戦英語水準表」シリーズに代表される、数多くの大学受験英語参考書などを著した。1970年代から1980年代の受験英語界の代表的人物の一人であり、受験生は誰でも名前を知っていた。

「西尾の実戦シリーズ」 (日本英語教育協会)。「西尾の実戦問題集シリーズ 」(日本英語教育協会)。「西尾の基礎問題集シリーズ 」(日本英語教育協会)「。西尾の私大英語突破シリーズ」 (旺文社)。「西尾の予備校英語シリーズ」 (旺文社)。「大学入試 M2 シリーズ」 (旺文社)「。ニュートレンド」 (旺文社)。「ニュー・トレンド実戦シリーズ 」(日本英語教育協会)など数多くの著書がある。

 さて、久しぶりに、西尾の参考書を手にした。 「西尾の基礎シリーズ6」の『基礎 英語イディオム』だ。高2終了までに覚えるべきイディオム77語を構造別に21に分類し、あわせて同時に問題を解くことによてマスターさせようとする本だ。

「構造」とは、前置詞、名詞、代名詞、動詞、副詞、などの組み合わせのことだ。偶数ページに説明と代表的な用法があり、奇数ページに英単語の穴があいた問題と日本語訳があり、その回答は下の欄をみればわかるという工夫がしてある。なるほど、構造的に理解し、その代表的用例を覚え、問題を解く中で記憶に刻みつける、そして繰り返し問題を解いてみる、というやり方なら、覚えられそうだ。

「イディオムとは、「決まり文句」というものであるから、そのままの形で暗記しているほかはない。イディオムを役に立つように覚えるには、必ず用例の中で覚えることである」。

「問題を解きながら考え抜いて、解答を見るという方法を用いると、覚えたイディオムは一生忘れないものである」。「要は根気である。繰り返し繰り返し読むことだ」。

確かに要は根気だろうが、ただ暗記するというやり方ではなく、クイズ的、ゲーム的に楽しみながら自然に頭に入るような工夫がしてあれば、どんどん頭に入る。それを繰り返せば、自分のものになるということだろう。こういう教育n対する基本的な思想と、考え抜かれた実践の工夫があるから、圧倒的な人気があったのだろうと、あらためて納得した。