「角川武蔵野ミュージアム」の「俵万智」展ーー帰って『英語対訳版 サラダ記念日』(ジャックスタム訳)を愉しんだ。

先日、埼玉県所沢のサクラタウンにできた「角川武蔵野ミュージアム」を訪問しました。角川歴彦がオーナー、隈研吾が設計、松岡正剛が館長という特別なミュージアムが誕生していました。図書館と美術館と博物館が融合した巨大な有角建築です。このミュージアムのことは別途、報告することにします。

今日は、その中で開催されている「俵万智 展#たったひとつの「いいね」 『サラダ記念日』から『未来のサイズ』まで」のことを書きます。

1987年に刊行し280万部の大ベストセラー『サラダ記念日』から、釈超空賞を受けた最新作『未来のサイズ』までの短歌から300首を選び、展示するという好企画。
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これを機会に改めて『サラダ記念日』を自宅でさがす。『英語対訳版 サラダ記念日』があった。俵万智(1962年生)の短歌に、ジャック・スタムの英語訳を並べるという趣向。ジャックはニューヨーク出身のコピーライター、詩人である。JALが子ども俳句を万博で世界から集めるプロジェクトをやっていたとき、ジャックは世界各国の言語でのHAIKUを日本語に翻訳するという難題をやり遂げた人だ。1988年には『HAIKUの国の天使たち』の出版に携わった。このプロジェクトは当時の私の上司がやっていたので、何度もジャックとは顔を合わせている。そのジャックは今はもういない。「梅咲いてまた一年(ひととせ)の異国かな」。

 

この本の中から、目に留まった短歌とジャックの対訳をいくつか選ぶ。俵万智の短歌も、ジャック・スタムの英訳も素晴らしい。

 

 沈黙ののちの言葉を 選びおる 君のためらいを 楽しんでおり

  It ticks me-your way of  hesitating while you grope after the proper words to follow a silences.

 奥さんと 吾を呼ぶ屋台のおばちゃんを 前にしばらく オクサンとなる

 「寒いね」と 話しかければ 「寒いね」と 答える人のいる あたたかさ

 ハンバーガーショップの席を 立ち上がるように 男を捨ててしまおう

 愛人でいいのと うたう歌手がいて 言ってくれるじゃないのと思う

 男というボトルを キープすることの 期限が切れて 今日は快晴

 君といて プラスマイナスカラコロと うがいの声も 女なりけり

 潮風に 君のにおいがふいに舞う 抱き寄せられて 貝殻になる

 「嫁さんになれよ」だなんて カンチューハイ二本で 言ってしまって いいの

  Are you all right? After chugging down a mere twocans of Chu-Hi,coming right out and saying ”I want you to be my wife".

 バレンタイン 君に会えない一日を 斎の宮のごとく 過ごせり

 やさしさを うまく表現できぬこと 許されており 父の世代は

 見しことの 濁りを洗い流すごと コンタクトレンズ 強くすすげる

 今日までに 私がついた嘘なんて どうでもいいよと いうような海

 「人生はドラマチックなほうがいい」 ドラマチックな脇役となる

 髪型も ウエストもまた 生徒らの話題なるらし 教壇の上

 センセイを評する 女子中学生の 残酷揺れる 通勤電車

 薄命の詩人の生涯を 二十分で 予習し終えて 教壇に立つ

 旅立ってゆくのは いちも男にて カッコよすぎる背中 見ている

 陽のにおいにくるんで タオルたたみおり 母となる日が 我にもあらん

 「この味がいいね」と君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日

 Because you told me."Yes.that tasted pretty good".July the Sixth shall be

 from this dayforwardo Salad Anniversary.

 選択肢二つ抱えて 大の字になれば 左右対称の我

 Tシャツを つるりと脱げば 丁寧に 母の視線に たどられている

 玉ネギを いためて待とう 君からの電話 ほどよく甘みでるまで

 さくらさくら さくら咲き初め 咲き終り なにもなかったような公園

 金曜の六時に 君と会うために 始まっている 月曜の朝

 文庫本読んで 私を待っている 背中みつけて 少しくやしい

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目黒:橘川さんと、久しぶりの林光さんと昼食。林さんは日本未来学会の会長。博報堂生活総研の初代所長。橘川さんの師匠の林雄二郎の長男、弟はリンボウ先生こと林望

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「名言との対話」9月30日。五木寛之「ピンピンソロリがいい」

五木 寛之(いつき ひろゆき1932年9月30日 - )は、日本小説家随筆家

『さらばモスクワ愚連隊』でデビュー。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。反体制的な主人公の放浪的な生き方(デラシネ)や現代に生きる青年のニヒリズムを描いて、若者を中心に幅広い層にブームを巻き起こした。その後も『青春の門』をはじめベストセラーを多数発表。近年は人生論的なエッセイや、仏教浄土思想に関心を寄せた著作が多い。

五木寛之の本は、『青春の門』などの小説以外に、エッセイや人生論を多く読んでいる。その中から五木寛之の言葉を拾ってみよう。

仏教の「慈悲」について。

「「慈」とは頑張れという励ましですね。そして「悲」とは、もう頑張らなくてもいいと、」。「慈」とは、同朋にむけて発する励ましの目差しですが、「悲」」のほうはただ黙ってそばに坐り、苦しんでいる人の手に手を重ねて、ともに涙を流しているような、そんな姿勢ではないかと思います。「慈」と「悲」とは「励まし」と「慰め」と言いかえることができるかもしれません。

藤圭子の歌を、演歌でもなく、艶歌でもなく、援歌でもなく、負の感情から発した「怨歌」と表現している。黒人のブルース、宿命を意味するポルトガル民謡・ファドなどと同様の、下層から這い上がってきた人間の、凝縮した怨念の燃焼と五木は語っている。

「3Kっていうと、やっぱり体と金と心でしょうね。健康と経済と精神。いまの人の悩み、苦しみの大半はこの三つに集約される気がします」

「今必要なのは楽しみを加える技術ではなく、苦しみを救う技術です」

「人生に目的はありません。あえて言えば、生きるということ自体が目的です」。

「世の中に自分で試してみないでわかることなんか、一つもない」。

「朝起きると「今日もまだ生きていてありがたい」と感謝し、寝るときには「今日一日無事に生きられてありがとう」と感謝する」。

「愚かしさは罪であり、知ろうとしない素直さは恥であることを、あらためて反省させられる夏である」

今回読んだのは『生き抜くヒント』(新潮新書)だ。

・「ピンピンコロリではなく、ピンピンソロリがいい」。

・老後の3Kは「体と金と心」と言っていたが、「心」に代わって「孤独」が最近の3Kだとしている。

・食事について。10代は腹十分、20代は腹九分。30代は腹八分。40代は腹7分。50代は腹六分。60代は腹五分。70代は腹四分。80代は腹三分。90代は腹二分。100歳上はカスミを食って生きればよい。

・今後の世界の覇権は、軍事力ではなく、ウイルスへの対応かもしれない。

・コロナ禍で88歳目前での生活革命。夜型から昼型へ。午前7時起床、夜12時就寝。昼には原稿が進まない。

 2005年に松本清張記念館を訪問した。毎日新聞の2004年10月26日の記事に第58回読書世論調査の「好きな作家」(一人で5人挙げる)という結果が出ていた。芥川賞では、1位松本清張(22%)、2位遠藤周作(17%)、3位井上靖(13%)、4位石原慎太郎、5位田辺聖子、6位北杜夫、7位大江健三郎、8位村上龍、9位石川達三、10位柳美里直木賞では、1位司馬遼太郎(17%)、2位五木寛之、3位向田邦子五木寛之は人気が高い。エッセイなどで人気は継続しているようだ。息が長い作家だ。

2007年に金沢で北国総研主催のビジネス情報懇話会で講演した。その後、あてもなく歩いていたら独特の建物が目に付いた。石川銀行という破綻した銀行の建物をリモデルした金沢文芸館で、その2階に五木寛之文庫があった。本人がデザインして調度も品物も揃えたという文庫で、とても素敵な空間だ。案内のボランティアが熱心に説明をしてくれた。五木寛之は奥さんの実家のある金沢で若いころ暮らしていて、この地で書いた本が直木賞をとるなど作家としてのスタートをきった土地である。「百寺巡礼」のDVDが流れていた。日本中の名刹を五木が訪ね解説をし、住職と対話するという趣向の番組のDVD版で、実に味わいの深いものだった。

2019年8月16日の日刊ゲンダイでは、五木寛之の連載「流されゆく日々」が目にとまった。「原稿用紙が消える日」というテーマの文章だ。この連載は3枚弱だそうだが、30年、10715回続いている。手書きだそうだ。この連載だけでも1万日を超えている。この継続力には恐れ入った。

作家はガス発生をいち早く察知する炭鉱のカナリアにように人々の不安を感じる。その不安を言葉にするのが作家の仕事と五木は理解している。いわばマーケッターだ。また作家は死者や祖霊の言葉を伝える霊的力を持つ巫女であるイタコ(東北地方の霊媒)であり、イタコの口寄せと同じで実は書かされているのだとも五木は述べている。生者に寄り添う心理カウンセラーの役割なのだろう。作家の仕事というのは社会の不安をいち早く察知し、人々に神々の言葉を伝えるという仕事ということか。五木寛之の息の長さの秘密はここにありそうだ。

優れたマーケッターとして時代と社会をつかみ、優れたカウンセラーとして言葉を紡ぎ人々に伝える。五木寛之はその名人だということがわかった。「みんながそれぞれ心の中に持っている無意識の欲望や夢を感じ取り、形にして投げ返すのが作家だと思っていいます」、今を生きる人々の心を慰めるのが自身の役割だから、時代とともにあるから消えることはない。作家としての長寿の秘密はここにある。 

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