後藤象二郎旧寓居ギャラリー(京都)

後藤象二郎旧寓居ギャラリー。「京都のホテルリソル京都河原町三条」に入り口にある。土佐藩邸に近い醬油省「壺屋」のあった場所は、龍馬が寄寓していた材木商「酢屋」と近い。

ホテルやマンションの場所が歴史的に意味がある場合に、記念室などを設けることがある。九段下のマンションの入り口に設置している瀧澤馬琴が硯を洗った井戸の跡などもその例だ。東京や京都などは、そういうことを大事にすると観光資源が増えると思う。

 


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後藤象二郎1838年生まれで坂本龍馬より2歳年下であった。土佐勤王党に殺害された吉田東洋は叔父である。後藤は参政、そして家老にまで昇進している。

1867年に2人は会談を持った。上士代表としての後藤と下士の代表としての龍馬は仇敵同士であったが、意気投合。龍馬の戦中八策に感銘を受けた後藤は大政奉還に傾いていき、苦難を経て大政奉還が実行されなければ、私も生きて二条城から帰る意志はない」と決死の覚悟をもって成功させる。

龍馬は「同志の中では魂も志も1番ではなかろうかと思われます」と手紙に書いている。

維新後は政府に仕えるが明治6年に下野する。そして自由民権運動の土佐の板垣退助を支援する。復帰した政府においては、逓信大臣、農商務大臣も務めている。

後藤が亡くなった時板垣退助は弔辞で「縦横機略の才を懐き、寛大にして広く人を容れ、豪胆にして能く能く事を致し、少しも退出の風なく、活発進取の気象に富み、磊磊落落たる英雄の風采がありました」と述べている。

 


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「名言との対話」4月5日。浜口陽三「カラーメゾチメントの創始者、として紹介されたことだ」

浜口 陽三(はまぐち ようぞう、1909年4月5日 - 2000年12月25日)は、版画家

和歌山県出身。ヤマサ醤油の三代目の三男。東京芸大彫刻科に入学するが、中退しパリに留学。10年過ごす。

2012年。南桂子生誕100年展。群馬県の県立舘林美術館を訪問。腐食銅版画家の南桂子は政治家、学者、弁護士など極めて高い教養に恵まれた一族である。34歳で上京し、小説家の佐田稲子の紹介で壺井栄に会い、童話作家を目指す。そして銅版画の浜口陽三と宿命的な出会いをし、銅版画に向かう。
43歳、夫の浜口陽三と一緒にフランスに渡る。ニューヨーク近代美術館のクリスマスカードに銅版画「羊飼の少女」が採用される。私生活は夫唱婦随であったが、画業の分野では同じ銅版画を競い合った。
南桂子のモチーフは、少女、鳥、魚、船、樹木、塔などの童画的であり、心をなごませる。
61歳、28年余り住んだパリを浜口とともに米国サンフランシスコに居を移す。85歳、日本に帰国。浜口は2000年に死去。93歳、南桂子死去。

浜口は「作家は作品のみに語らせればよい」という考え方なので、自身については語ることが少ない人だったが、妻の企画展で情報がわかる。

『版画芸術』(2001年)の「巻頭特集 追悼 浜口陽三 カラーメゾチントの詩人」を読んだ。

メゾチント(銅版画の技法)の巨匠という評価である。メゾンチントとは銅板に縦横に線を引く。金属版を直接彫る手法で、腐食によって凹凸をつける描くに近いエッチングとは違う。これは描くに近い。「黒の技法」とも呼ばれる幻想的な銅版画である。それぞれの色ごとに版を重ねて刷っていくから版画に近い。

ミケランジェロは真の彫刻は「彫る」にあると言っていた。彫る芸術、とすれば東京芸大で彫刻を学んだことも影響しているのかもしれない。

この本の中で、「人生って百パーセント運ですからね」とも語っている。100パーセントとは恐れ入った。

2008年に静岡県掛川吉行淳之介記念館を訪問したことがある。復元された書斎の机の上には神楽坂山田屋の原稿用紙があり、その上にてんとう虫の置物が置いてあった。死ぬまで愛用していた中学生用の椅子の脇にもてんとう虫の足置きがある。机の前には浜口陽三のこれまたてんとう虫の絵が飾ってあったことを思いだした。日本橋の「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」も訪問したことがある。

浜口は内外で数々の賞を取っているが、「一番誇りに思っているのは、百科事典の『エンサイクロペディア・ブリタニカ』に、カラーメゾチメントの創始者、として紹介されたことだ」と答えている。今までの歴史の中で、なかったことを始めた人であるという評価が一番高いということであろう。

創始者と同じ意味の言葉を拾ってみよう。創業者。父。母。生みの親。元祖。開祖。始祖。開山。鼻祖。創建者。人にはそれぞれ、役割があるが、新しく始めることはやはり価値が高いと思う。今までになかった事業を始める、過去にだれもなしえなかった発明を成功する、だれも思いつかなかった新理論を発表する、、、。こういう人たちをこの「名言との対話」で多く取りあげてきた。芸術の分野でも、従来の技法を使って新しい表現に挑戦することも価値が高いが、新しい技法を誕生させることはさらに意味がある。その技法というインフラのもとに、後続世代が芸術作品を開花させるからだ。浜口陽三はそれを言っているのだ。