オーディブルで渋沢栄一『論語と算盤』を散歩中に耳で聴き終わった。7時間16分。」1.2倍速。
その後、本日、kindleで電子版を目で眺めながら、風呂で線を引いていく。
iphoneに口頭で入力。手で修正。
以下、ハイライト部分。
- 私は常にこの世の中の進歩は、大いなる欲望をもって利殖を図るようでなければ、決して進歩するものではないと思っている
- 正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することがでぬ。
- 『言志録』のうちには、「 初見 の時に 相すれば人多く 違わじ」とさえ言っている。
- 「人に存する者、 眸子 より良きはなし」、、これは孟子の人物観察法である。
- 「子いわく、その 以 いるところを 視、その 由るところを観、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞ 痩 さん」(孔子)
- 「もって進むべくんば進み、もって止まるべんくば止まり、もって退くべんくば退く」(孔子)
- 下半身を鍛え、下腹部に力を 籠 める習慣ができれば、心が寛くて体も健康になり、何事にも動じない勇気ある人となるのである。
- 日本は現状のままでは、いつまでたっても追いつけない。国家のために商工業の発達を図りたい、という考えが起こって、ここに初めて実業界の人になろうとの決心がついたのであった。 この後の四十余年を一貫して変わらずに来たのであるから、私にとっての真の立志はこの時であったのだ。
- 偉き人と 完 き人とは大いに違う。偉い人は性格に欠陥があるとしてその欠陥を補って、である。それに反して完き人は、智情意の三者がバランスしている、すなわち常識人である。
- すべて人は、青年でも老年になっても、勉強の心を失ってしまえば、その人は到底進歩するものではない。
- 昔の中国の 湯 の 盤 の銘に刻んである「苟 ニ日ニ 新 ナリ、日ニ日ニ新ニシテ、又日ニ新ナリ」
- 修養はどこまでやっても際限がないのである。
- 私は明治六年、思う所があって役人を辞めて以来、天職は実業である。 もし、どのような変転が起こって来ても、政治界には断じて再び携わらぬと決心した。
- 私は宗教として、また経文としては、キリストの教えがよいのであろうが、道徳としては孔子の教えがよいと思う。
- 武士道は即ち実業道なり。
- 日本人はあくまで、大和魂たる武士道をもって立たねばならぬ。商業であれ工業であれ、この心をもっていれば、商工業においてもまた世界に名だたる国になるであろう。
- 商業道徳で一番大事なことは信用である。 信用はすべての 基 であり、一事が万事であることをよく理解して、世界から信用されることが、日本経済を堅固することであり、緊急に必要なことである。
- 世間一般の教育のやり方をみると、単に智識を授けるということにのみ、重きを置き過ぎている。 換言すれば、徳育の方面が欠けている。確かに欠乏している。
- とにかく人は誠実に勉強努力して、自ら運命を開拓するがよい。 もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばなかったと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成功失敗に関わらず天命に托せばよいのだ。
- 人生を俯瞰し超然として立ち、道理に則って一身を終始するならば、成功失敗にこだわらず、それ以上に価値ある生涯を送ることができるのである。
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今日の収穫。日経新聞文化欄。2022年4月7日。
「コレクター」。山本耕平(バー経営者)。
小樽市立小樽文学館「雑誌・攻略本・同人誌 ゲームの本」展。書籍の8割を提供。
学生時代から20数年来、ゲーム関連のソフト4000本、書籍3000冊を収集。
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「名言との対話」4月7日。小川未明「私等が、何等かの幻想や、連想によって、既に少年の時代に失はれた世界をもう一度取り返すことが出来たら、どんなにか仕合せでありませう」
小川 未明(おがわ みめい、1882年(明治15年)4月7日 - 1961年(昭和36年)5月11日)は、小説家・児童文学作家。
新潟県上越市生まれ。東京専門学校で坪内逍遥、ラフカディオ・ハーンに学ぶ。相馬御風は中学校以来の友人。早稲田文学社に編集者として勤務。1925年、早大童話会。1946年、日本児童文学者協会初代会長。1951年、日本芸術院賞、文化功労者。童話の代表作は、「赤い蝋燭と人魚」「野薔薇」など。
小川未明文学賞は1991年から続いている。2022年3月には、553篇から島村木綿子「カステラアパートのざらめさん」が大賞を受賞した。賞金は100万円と大型だ。
以下、『小川未明 作品全集』(日本文学研究会)から。
- 私共は、日本の昔話に依って教化されて来たのであります。
- お話に依って思想の統一を図り、国民の融和を図ると云う事は、知らず、知らずの間に出来る事で あって、お話の使命の尊い事は、ここにある
- 時代を見ようと思えば、当時の雑誌こそ、何より有益な文献でなければなりません。 この意味から いっても、同人雑誌は極めて有意義のもの です。
- 東京堂月報に拠ると昭和八年上半期の新刊書数は、実に二千四百余種に達しています。これに後半期 を入れて一ヶ年にしたら、夥しき数に上るでありましょう
- 作者は、自から子供となり、子供の時代の人となって、殆ど児童と同一の感情と心理と理解をこの自 然に対して持たなければならない
- 私は学校教育と云うものに就ては、現在の状況からすると小学校のそれに最も重きを置く。
- 小学校の時分に与えられた感化程深刻なものは ない。
- 小学校の教育が学術そのものよりも人間の感化にある事は何人も認めている。
- 教うる人が人格者である許りでなく、一人一人の生徒を自分の前に置き、熱心に精神的教育を施した ために偉大なる感化を与うることが出来たのは、寧ろ当然の事である。
- 文章を作る上の用意として、われ/\の日常心がくべき三つの方法がある。それは読書と観察と思索 である。
- 如何に読むかという問いに対しては、余は広く浅く読むよりも、狭く深く読む方をすゝめ ている。
- 観察は、広い意味の経験の範囲内で、比較的冷静を保ち得る経験の一つである。
- われ/\の随時に獲たあるものに対して、統一を与え組織を与えるものは、実に思索の賜物である。
- 何処にか『若やかな姿』を見出さなければ芸術品として劣等なものだと思う。
小川未明は「日本のアンデルセン」、「日本児童文学の父」と呼ばれた。そして浜田広介、坪田譲治と並んで「児童文学界の三種の神器」と評された児童文学界の先駆者だ。
「私等が、何等かの幻想や、連想によって、既に少年の時代に失はれた世界をもう一度取り返すことが出来たら、どんなにか仕合せでありませう」、これが小川未明の願いである。小川未明が童話を書く中で提示した「誠実な人間愛と強靭な正義感」が、子どもたちに引き継がれることを祈りたい。