「公文情報塾」で「参謀論」をミニ講義。

「公文情報塾」は辻政信『潜行三千里』と前田啓介『日本の参謀』の読書会。

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企業で「参謀」を志していたいた私は、「海軍」「陸軍」「参謀」「大東亜戦争」など分野の本を多く読んできている。

JAL客室本部時代は、この組織は海軍出身者がデザインしたのだろうと考え、海軍の人事制度なども参考にしていた。本社時代は、参謀本部所属の参謀として作戦を担当していた感覚だった。

最初の新設大学でも、次の改革に力を注いだ大学でも、参謀的立場で仕事をし、最後は司令官的立場にあった。

こういうバックグラウンドから指名を受けて、私は「参謀」をテーマに30分のミニ講義を行った。その後、参加者の読後感が発表された。

  • 「明治」の参謀の代表として日本海海戦を勝利に導いた天才・秋山真之の戦略構築の真髄。
  • 「昭和」の参謀を語る上での時代認識として、近代・現代を40年というくくりで解説。富国強兵、軍国主義、経済戦争。失われた30年という4つのステージ。
  • 陸軍と海軍の人材養成プログラム。幼年学校、陸軍士官学校海軍兵学校)、陸軍大学(海軍大学)。それぞれの学校卒業者の成績順位による進路。
  • 二・二六事件は陸士出身の準エリートの「皇道派」と、陸大出身のエr-ト「統制派」の戦いであもあったという側面。
  • 「歴史探偵」を自認した半藤一利『昭和史』(オーディブル68巻)での「昭和史の教訓」は「根拠なき自己過信と底知れぬ無責任」。
  • 石原莞爾『世界最終戦争』:西洋覇道のアメリカと東洋王道の日本の最終決戦。新兵器の開発競争。東亜連盟の建設と昭和維新の断行。
  • 辻政信:「作戦の神様」と独断専行の「悪魔」という両極端の評価。戦後の議員活動。『潜行三千里』にある「我等は何故負けたか」の解説。その通りなら戦争をやるべきではなかったし、勝てるはずもなかった。NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦争」。辻はほぼ全滅の作戦を指導。
  • 瀬島龍三恩賜の軍刀。シベリア11年。伊藤忠商事トップ。中曽根政権のブレーン。瀬島の「敗因」論。

軍隊は日本の官僚組織の原型であり、今後もずっと研究すべき対象である。太平洋戦争は米中の連携に敗れた。日本は米中とのバランスをとることが必要。

最後に中国革命は日本人の支援者なくしては成し得なかったという観点から、秘話を少し解説した。井戸を掘った人2人(周恩来)。

  • 中国と台湾と日本の人物記念館、企画展、そして読書歴。
  • 松本重治『上海時代』:「日米関係の核心的問題は中国問題である。日米関係は日中関係である」。
  • 岡崎嘉平太:100度の訪中。「あと30年たったら、世界における今の中国というののは、えらいものになる。おそらく、ソ連は追い越し、アメリカにも追いつくだろう。、、そういうときが来たときに、もし、日本民族と中国民族との間に、不信感があったとしたら、息苦しいのは日本じゃなかろうかと思います。」「基地については、外国の軍隊が今後二十年、三十年、五十年にわたって日本に駐留し、日本が実際の自己防衛を行わないという状態がつづけば、日本民族はおそらく骨抜きになるだろうと私は心配する。そこで、日本民族が生きるバックボーンをもつために、基地は漸次、できるだけ早く撤去しなければならない」「日米安保条約だけに固執せず、より広い視野からアジアの安全を考える必要があると思う。また、日本の安全は日本人自らが守るのだという気概をつくりあげてゆくことが必要なのではないだろうか」

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新宿で橘川さん、二仁上さんと昼食。打ち合わせ:「アクティブ・シニア革命」(特集2本。連載と単発。アドバイザー会議。図解の募集、、)。図書館問題チーム。、、、、

「龍乃都飲食街」

新宿東口横丁オフィシャルサイト https://ryunomiyako.com/

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日本全国の名物料理がすべて味わえるという趣向。

フロアマップ

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早乙女勝元|人物|NHKアーカイブス

「名言との対話」5月10日。早乙女勝元「知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」

早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家児童文学作家。享年90。

1945年3月10日の東京大空襲を12歳で体験し、九死に一生得る。それが生涯にわたる反戦・平和活動の原点となった。

1952年に18歳で書いた『下町の故郷』が直木賞候補となる。1956年『ハモニカ工場』で作家に。1970年、「東京空襲を記憶する会」を結成。2002年に「東京大空襲・繊細資料センター」を設立。17年間にわたり館長職にあった。

100冊を優に超える単著、50冊ほどの共著がある。東京下町で働く姿を描いた作品が多い。そういった平和な生活を守るための「ライフワークとして「反戦・平和」を生涯にわたり追求した人である。

ベトナム戦争に関する著作もあり。「東京大空襲」については、子ども、母と子、家族、青春など様々の観点から書いている。また、文章だけでなく、図説、漫画、絵本、映画、ドラマ、舞台などの表現にも協力している。

こういった貴重な活動は評価されて、日本ジャーナリスト会議奨励賞(1971年)、菊池寛賞(1975年)、日本アカデミー特別賞(1992年9などを受賞している。

早乙女勝元は「東京大空襲・繊細資料センター」を江東区に設立し、その記憶を永くのこすための活動を行っていることは特筆すべきだろう。

「未来へと語り継ぐ戦争の惨禍と平和への願い」をこめて、「空襲体験の継承講話」と「展示ガイドツアー」も実施している。

ホームページをみると4月27日には「二瓶治代さんの空襲体験の語り継ぎ」あり、5月25日には西尾静子さんの語り継ぎがある。展示ガイドツアーは5月には2度予定されている。この資料館には訪問したい。

NHK映像ファイル「あの人に会いたい」をみた。「過去の歴史の意事実を今きちんと知る、学ぶことが戦争への道のブレーキになる。平和は歩いて来てくれないんだ」と語り、「知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」と言っている。記録と記憶を「追体験」で残していこうするライフワークを最晩年まで続けた偉い人である。