「つまみ食い・並行読書法」ーートイレ・リビング・風呂

「名言との対話」(3112日)を毎日書くためには、相当の読書量が必要だ。これを「つまみ食い・並行読書法」とでも呼ぼうか。

前の月に、日ごとに人選(今年は「令和」時代に亡くなった人物を優先)し、アマゾンで注文する。

ここ1カ月で読まねばならない本を、トイレ、リビングに積み、そして風呂でも読んでいる。「つまみ食い・並行読書法」とでも呼ぼうか。

トイレではその都度、本を手に取って、どこでもいいからパッと開いて読み始める。大事な記述には鉛筆やマーカーで線を引く。

リビングでは、休憩中にテレビを見ながら、同じことをする。

入浴するときは、1冊選んで湯船につかり、読み、線を引く。かなり長い読書タイムになることが多い。時には1冊読み終えることもある。

また、アマゾンでの注文が間に合わない場合は、kindleで入手する。また最近はできるだけkindleで入手することにしている。この場合は、無料で読める本を優先してダウンロードすることにしている。

こういうやり方だと、いつの間にかすべての本をすべて読んでしまっていることに気がつく。

「名言との対話」を書く当日は、本全体を眺めながら、しるしをつけた記述を参考にしながら、人物論としてまとめていく。

7月は、佐藤陽子無着成恭、益川敏秀、江田五月サトウサンペイ南部陽一郎の本を読んでいる。無着成恭の『やまびこ学校』が素晴らしい。

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新雑誌の「台割」の検討。

P社研修の最終打ち合わせ。

新雑誌編集会議。

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「名言との対話」7月8日。竹村健一「自分だけの頂上をめざそう」

竹村 健一(たけむら けんいち、1930年(昭和5年)4月7日 - 2019年(令和元年)7月8日)は、ジャーナリスト、政治評論家。享年89。

大阪市出身。フルブライト奨学金制度の第1号として、アメリカ合衆国のシラキュース大学、イェール大学、ソルボンヌ大学で学ぶ。シラキュース大学大学院新聞科修了。

毎日新聞社の英語新聞「Mainichi Daily News」の記者、山陽特殊鋼を経て、「追手門学院大学英文科」の助教授、「拓殖大学客員教授などを務める。その後、マクルーハンのメディア論の紹介で注目され、文筆活動を開始する。

60年代後半から評論活動を本格的に行い、フジテレビ系「竹村健一の世相を斬る」の司会などを担当。日本テレビ系「世相講談」のアシスタントは現東京都知事小池百合子だ。パイプを銜えた独特な風貌や口調でも有名で、多くの芸人が物真似芸を披露している。政治や外交、経営など幅広く論じた。

著書はベストセラー「マクルーハンの世界」など500冊以上ある。喋ったことをテープに録音してそれを原稿起こしをしたり、新聞の切り抜き記事を編集者にリライトさせながら大量の本を世に出した。1981年には36冊を出版するという量産ぶりだった。

この人の主張はよく聞いたし本も読んでいる。2010年の80歳の時に書いた『先見力』を読んだ。余暇の過ごし方にも熱心で、仕事もしたが、遊びの達人でもあった。ホモ・ファーベル(作る人)、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)、ホモ・サピエンス(知恵のある人)という言葉を紹介している。80歳で現役を引退し、遊びまくった。

ヨットは20代で所有した。1000万円を20人で割り50万円で入手している。50歳でテニス(ゲーム性)を始め、57歳でスキー(スピード)、58歳でスキューバダイビング(アドベンチャー性)に取り組んだ。旭川にスキー、麻雀、テニスのためのリゾートマンションを所有していた。

「適度に楽観的であれ」を信条とし、何ごとも60点主義であり、人の3倍生きることを目指していたそから、この人の人生は250年以上という勘定になる。「人間の大きさはプライドに比例すると思う」という。これはプライドが大きければ人による毀誉褒貶は気にならないという意味である。

人脈は器量で決まると考えており、「自分だけの頂上を目指そう」として、政治家への要請は断っている。年齢によるバリアはなかったようで、年下の友人・知人に学ぶ姿勢は際立っていた。寺島実郎さんが『新経済主義宣ー政治改革論議を超えて』(「中央公論」1994年2月号)で石橋湛山賞を受賞したパーティでは「私が新しいことを言ってるとしたら、全部この人のおかげです」という正直な挨拶で驚いたことがある。

『壁にぶつからないようにするためには、じっと動かずにいるか、山奥に逃げ込んで世捨て人になるしかない』と言い、『見栄や気負いもなく、無欲恬淡に手当たり次第のことをやってきた。他人に笑われることを恐れなくなったおかげで、本当にいろいろなことができた』と述懐している。

今回ユーチューブで、1992年3月29日の『世相を斬る』の最終回の動画をみた。この番組は毎週の放映で625回続いた人気番組だった。常連の堺屋太一渡部昇一牛尾治朗が揃っている。みな若い。絶頂期にあった日本の象徴のような元気がみなぎっている。この映像は当時の私もみていたはずだ。1992年は、バブル崩壊直後であり、アメリカのニューズウイークやタイムで、日本が初の不況に陥ったという特集が組まれた。クリントン登場前夜。サッチャー以来の保守党からの政権交代か。「朝日ジャーナル」の廃刊、、、という話題で盛り上がっていた。30年経って、今では全員が鬼籍に入っている。

竹村健一は、「マスコミが、芸能ネタなりスキャンダル事件を連日連夜、執拗に報道している時は注意しなさい」という警告をしている。「国民に知られたくない事が必ず裏で起きている。そういう時こそ、新聞の隅から隅まで目を凝らし小さな小さな記事の中から真実を探り出しなさい」と続いている。この今もなお、この教訓はそのまま生きている。

実年期で引退し、熟年期の80代からの10年近くは遊びまくった。竹村健一は自分だけの山を意識し、その頂上を登り切った人である。