「幸福塾」の「新・代表的日本人」シリーズ。本日は「持続する志」の2回目。個人だけでなく、世代を超えて持続する志を追いました。
・自分の「持続する志」って何だろう?
・私自身も、何か志を持ち、次世代に何を伝えていくべきかを考えていきたいと思います。
- 以下、塾生の学び。
本日もありがとうございました。情報のてんこ盛りでさぞ準備が大変だったことと思います。今日のテーマは「持続する志(2)」。最初は「二足のわらじ」。一足でもすごいのに、二足をきちんと続けたその努力には本当に驚きます。塙保己一は視覚障害であったにもかかわらず。村野四郎は午後5時を境に経営者から詩人に。そして神田和泉屋の「お酒の話」やら世界の民族衣装を集めた市田ひろみやら浮世絵を集めたキャバレー王やら多彩な人々が次々と紹介されました。後半は「持続する志」は「受け継がれていく」ということ。考えてみると、会社、団体、NPO、芸術、技術、学校などなど非常に多くの志が至るところで受け継がれていき、さらに受け継がれようとしていることを再認識しました。知研やアクティブシニア倶楽部の方々の中にも、持続する志をもって生きていらっしゃる方がたくさんおられると思います。そういった方々から、これからも学んでいこうと思います。ところで、自分の「持続する志」って何だろう? - 久恒先生、みなさま、本日は幸福塾ありがとうございました。今日は「持続する志」というテーマでした。まずは本業とは別にもうひとつのことをやり遂げた「二刀流」の人の話。盲人の最高役職である総検校まで登り詰め、さらに『群書類従』の大編纂を成し遂げた塙保己一。軍人のほかに文人としても活躍した森鴎外などが印象に残りました。また、とことんひとつのことをやり遂げた人として、100カ国以上の民族衣装を集めた服飾評論家の市田ひろみ、山びこ学校の無着成恭、俳優一筋の渥美清なども印象に残りました。また、『横田達之お酒の話 日本酒言いたい放題』は日本酒を極めた名著とのこと、読んでみたくなりました。そして「持続する志」の拡張版、ひとりの人が続けていくだけではなく、「引き継がれていく志」もある、という話。例えば、石原裕次郎の想いを引き継いだ渡哲也、正岡子規に始まり、伊藤左千夫、斉藤茂吉、土屋文明と引き継がれていくアララギ派。アニメの東京ムービー創業とそれを引き継ぐ楠部大吉郎、三吉郎兄弟など。これらは、志を「形にする」ことや「弟子を育てる」といったことで、次世代に繋げていくというもので、伝統を守る職人や、古典芸能の伝承なども同じことが言えそうだと思いました。ありがとうございました。
- 本日もありがとうございました。まずは個人の持続する志の方々のお話の中から、横田達之さんの『お酒の話 日本酒言いたい放題』の本が気になりました。また市田ひろみさんが、着物で世界中を回って、民族衣装を集めたというお話で、そのコレクションを見てみたいと思いました。本を出されてるという事なので、図書館で見てみようと思います。持続する志の違った面からの考察が面白かったです。創業の志を個人を越えて次世代へ持続していくこと。これもいわゆる持続する志。私立の学校にはよく創業者の銅像がありますが、なるほどですね。私学は志が通っているということ、納得です。日本の舞踏に革命をおこしたという大野一夫さんと、それを引き継いで日本の舞踏を研究して世界に呼ばれているという大野慶人さん。印象に残るお話でした。どこかで映像を見たことあるような。探してみようと思いました。今回も違った視線から人物の関係をみることができました。ありがとうございました。来月もよろしくお願いいたします。
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久恒先生、みなさま、本日もありがとうございました。今回は「持続する志」がテーマでした。まず個人として二刀流で活躍をした人々として、塙保己一や森鷗外などがあげられ、次に個人を超えて別の人に引き継がれていくことで創業者の想いが持続したものとして、石原裕次郎と渡哲也、正岡子規のアララギ派などがあげられました。後半のお話を聞いて思ったのは、現時点で著名人(有名人)となっている人というのは、実は、その人のことやその人の志に共感し広めていった次世代の人の貢献あってのことなんだということでした。次世代の人とは、家族であったり、弟子であったり、社員であったり様々ですが、その人々が活躍すればするほど、創業者の想いは広く伝わり、共感を得、結果著名人となった。どんなに大きな功績を一代で成し遂げても、それを伝える人がいなければ、もしかしたら長く埋もれてしまっていたかもしれません。 世間にあまり評価されていない、世間がよく知らないすばらしい人が、まだまだたくさんいるのではないかとも思いましたが、それは私が単に探そうとしていないから知らないだけなのかも知れません。だからこそ、幸福塾で大勢の人のことを学ぶ機会をいただけて、とてもうれしいです。これからもよろしくお願いいたします。
- 8月の幸福塾に参加しました。久恒先生、皆様、ありがとうございました。今回のテーマは「持続する志」についてでした。多くの偉大な人物がどのようにしてその志を持続させ、次世代に伝えてきたのかを考えさせられる内容でした。 特に印象に残ったのは、石原裕次郎さんと渡哲也さんのお話です。石原裕次郎さんは昭和の時代に映画や音楽を通じて多くの人々に影響を与え、亡くなった後もその志は渡哲也さんによって引き継がれました。渡哲也さんが石原プロを継ぎ、裕次郎の志を守り続けたことは、深い尊敬と信念によるものだと感じました。1人の人生は有限でも、志が次世代に受け継がれることで、組織や文化が豊かに発展していくと実感しました。 また、日本の舞踏界についてのお話も興味深かったです。大野一夫さんとその息子、大野慶人さんが、父子で日本の舞踏を通じて内面を表現し、それを次世代に伝えている姿勢には感銘を受けました。運慶と快慶のように、文化的遺産がどのように継承されていくのかを考える良い機会となりました。 政治家・石橋湛山の話も大変興味深かったです。戦後の日本において、国策や外交方針に大きな影響を与え、特に東南アジアや中南米との友好関係を提唱した石橋湛山の志は、現在も日本の外交姿勢に受け継がれていることが素晴らしいと感じました。 さらに、沖縄の翁長雄志元知事のお話も興味深く、沖縄のアイデンティティを守り、米軍基地問題に対して強い信念を貫いた翁長氏の志は本当に素晴らしいと思いました。その志は多くの県民に受け継がれており、志を持つことの重要性を再認識しました。 今回の幸福塾に参加してみて、志が個人の人生を超えて次世代に引き継がれ、文化や組織が豊かになっていくことがよくわかりました。私自身も、何か志を持ち、次世代に何を伝えていくべきかを考えていきたいと思います。
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「名言との対話」8月21日。平松守彦「リンケージ(人々とのふれあい、つながり)こそが究極の生き甲斐なんですよ」
平松 守彦(ひらまつ もりひこ、1924年3月12日 - 2016年8月21)は、日本の政治家。享年92。
大分中学、五高、東大法学部卒業後、商工省入省。「佐橋大臣」と呼ばれた佐橋滋次官のもとで通産省統制派官僚として活躍した。課長補佐時代には、木下大分県知事にのちの大分臨海工業地帯となる臨海工業地帯構想を進言、そして日本のコンピュータ業界の離陸に関わる。課長時代以降はコンピュータのソフトウェアに関する法律作成、三大コンピュータグループ形成などの重要な施策を展開した。
1975年に望まれて大分県副知事を引き受ける。妻に先立たれ、娘二人を東京に残した人生の再出発だった。1979年大分県知事に就任し、以後6期24年にわたり県政を担当し、「一村一品」運動などを展開し、世界にも広げた名物知事だった。
平松の思想は、『グローバルに考えローカルに行動せよ』(東洋経済新報社)、『地方からの発想』(岩波新書)などの著書に集約されている。今回『地方からの発想』を読んだ。「陳情とは情を陳べると書く。理屈を述べるのではない」「地方自治とは教育である」「リーダーとはコロンブスの卵を生む人、生み続ける男でなければならない」「一村一品の「品」は人品、品格の品であり、「人づくり」のほかならない」「豊の国づくり塾の塾是は、「継続、実践、啓発」。塾歌は「若者たち」」。
平松知事の代名詞となった「一村一品」運動は日本全国に展開したが、世界にも影響を与えた。特に中国では武漢の「一村一宝」があるなど盛んだった。 2010年9月に私は中国政府の国賓館である釣魚台の昼食会に招待されたことがある。食事は西洋料理で、世界の名品をそろえていたが、ジュースの中に故郷大分の「つぶつぶ かぼす・日田の梨」のジュースがあり、平松知事の「一村一品」運動の浸透に感激したことがある。
また、平松知事には、は草柳大蔵さんとは学徒出陣の仲間だった縁で開催された草柳文恵さんのお別れの会、大分県人会、親しい友人であった野田一夫先生の縁、、などで何度もお会いしている。温厚な紳士という印象を持っている。
平松知事は、先哲叢書を10年かけて完成させていることも特筆すべきだ。福沢諭吉、田能村竹田、滝廉太郎、福田平八郎、双葉山、三浦梅園、広瀬淡窓、ペトロ・スカイ岐部、野上弥生子。大友宗麟、、、。人づくりに関心が高く、子ども達に先哲から刺激を受けて欲しいとの考えだった。
『地方からの発想』では、福沢諭吉の『分権論』を取り上げ「政権と治権」を論じている。地方行政の担当すべき治権とは、人民の生活に密着したものであり、警察、道路・橋梁・堤防の営繕、学校・社寺・遊園地の造成、衛生の向上、、、などであり、福沢の考えに沿って地方自治の本義に向かってのライフワークである地方行政の仕事に邁進したのだ。
冒頭に掲げた「リンケージ(人々とのふれあい、つながり)こそが究極の生き甲斐なんですよ」の前には、「人間、地位がある、金があるでは満足できないのです」という言葉がある。生き甲斐とは、ふれあいであり、つながりである。高齢化社会を生きる指針として心すべき箴言だ。