『アクティブ・シニア革命』公開インタビュー。安田勝也「カンボジア自転車プロジェクト」。
「アクティブ・シニア倶楽部」メンバーのの安田さ(1975年生)さんは、2016年から今日まで、中学に通う中学生のために1600台を超える自転車を寄付するという活動を続けているという素晴らしい活動の話を聞いて参加者はみな感銘受けた。
「楽天的」「子供たちの笑顔」「くじけにない」「励まされる」「誰かのために」「ファミリーで」「現金収入がない」「中古自転車50ドル」「福祉がない」「ベトナム戦争」「フンセン大統領の息子」「英会話」「中国の影響」「年400万円以上」「クラファンの工夫」「熱意を伝える」「マラソン」「7回のありがとう」「円安で苦戦」「金と時間」「自分らしく生きる」、、、、。
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新宿「隠れ庵」で橘川さん、浅沼さんと昼食。「星野」でミーティング。
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「名言との対話」10月18日。長部日出雄「あまり語られることがなかった歴史的事実に新鮮な興味を感じる人が増えてくれれば、筆者としてこんなに嬉しいことはない」
長部 日出雄(おさべ ひでお、1934年9月3日 - 2018年10月18日)は、日本の小説家、評論家。享年84。
青森県弘前市出身。 青森県立弘前高等学校入卒業。1953年 - 早稲田大学文学部哲学科に入学するも中退。1957年 に『週刊読売』記者となる。大島渚、永六輔、野坂昭如、筒井康隆、小林信彦らをいち早く評価し、彼らと交友する。退職し、雑誌『映画評論』編集者、映画評論家・ルポライターを経て、作家となる。
1973年 の『津軽じょんから節』と『津軽世去れ節』により、第69回直木賞を受賞。1979年 の『鬼が来た-棟方志功伝』により、第30回芸術選奨文部大臣賞を受賞。1986年 の『見知らぬ戦場』により、第6回新田次郎文学賞を受賞。1989年 - 映画『夢の祭り』を原作・脚本・監督で製作。2002年 の『桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝』により第29回大佛次郎賞・第15回和辻哲郎文化賞を受賞。紫綬褒章受章。
この作家の経歴をみると、「津軽」、「太宰治」(命日は桜桃忌)、「棟方志功」と、郷里の青森・津軽に関わる土地や人物についての作品が多い。棟方志功についても『鬼が来た』、『板極道』、『棟方志功の世界』を書いている。
代表作の『津軽じょんがら節』は、黒川桃太郎という青年が津軽三味線に惹かれていく物語で、津軽三味線の音色が響き渡るといわれる作品だ。大正から昭和にかけての津軽三味線の創成期の雰囲気を描き出した名作である。
『日本を支えた12人』(集英社文庫)を読んで力量に敬服した。日本史上の12人を取り上げた人物伝だ。このうち、聖徳太子、行基、聖武天皇、明治天皇、都田左右吉。太宰治、小津安二郎、美智子皇后陛下の章を読んだ。いずれも切れ味のいい内容で、納得感がある。
以下、長部日出雄の説。
- 聖徳太子は実在しなかったという説に反対する。憲法17条が、明治維新の五箇条の御誓文につながる。
- 唐風の大友皇子と国風の大天海人皇子の戦いで、国風側が勝ち、天武天皇の時代となる。大友皇子が勝っていれば、二重言語の国となり、唐の冊封体制の一小国になっていただろう。「古事記」は大和言葉で編纂された。国文学と式年遷宮の創始者。
- 奈良・東大寺の世界最大の鋳造仏である大仏建立の立役者・行基。玄奘、道昭、行基。当時の人口500万。自主的な寄進というやり方(知識)で実現させた。
- 寄せた眉の間に漂う深い憂いと悲哀の色がある興福寺の阿修羅像は、聖武天皇の妻の光明皇后の肖像とみて間違いがない。
- 明治天皇。5000万人。十万首の和歌。「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのがこころともがな」「むかしよりためしまれなる戦におほくの人をうしなひしかな」。明治神宮は10万の近い樹木と10万人以上の勤労奉仕で造られた。元首と象徴を兼ねた。象徴天皇制は2千年の歴史を持つ天皇制の蘇りである。
- 太宰治。石原美知子という妻を得て、口述筆記の手法で小説家としての力量が増している。「津軽」と「お伽草子」が双璧。
- 本居宣長と世界一の映画監督・小津安二郎は同族の家系である。「東京物語」が最高傑作。
- 美智子皇后。「読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。、、」「伝統と共に生きるということは、、」「国の大切な折々にこの国に皇室があって良かった、と国民が心から安堵し喜ぶことの出来る皇室でありたい、、」。昭和後半から平成の時代に、両陛下の存在は幸運だった。
この本を読む中で、日本の歴史について知らなかった事実の存在と独自の解釈に目を覚まされた感じがする。長部の言うとおり、私も「新鮮な興味を感じる人」の一人になった。
長部日出雄は、故郷の「津軽」にこだわる作家であった。そして『天皇はどこから来たか』『「古事記」の真実』『「君が代」肯定論』など、しだいに「日本」にこだわるようになっていく。最後の作品が2016年の『日本を支えた12人』だった。長部の晩年の主題は「日本への回帰」だったのだ。