幸福塾の「新・代表的日本人」シリーズーー「飛翔する構想力」③で18人

幸福塾の「新・代表的日本人」シリーズは、「飛翔する構想力」③。取り上げた人物は以下。

泉真也。中村哲。寺田小太郎。志賀信夫西澤潤一佐々淳行高山辰雄中村雄二郎稲盛和夫平松守彦森英恵市田ひろみ。流政之。望月照彦。丸谷金保。石橋博良。椎名武夫。石井米雄

以下、塾生の学び。

  • 久恒先生、みなさま、本日は幸福塾ありがとうございました。今回は「飛翔する構想力」の3回目ということで、ひとつの仕事を手始めに、そこから生涯をかけて大きく展開して偉業を残した方々の人物紹介でした。挙げられた人は18名。中村哲西澤潤一佐々淳行稲盛和夫平松守彦森英恵市田ひろみなど、著名な方のほか、はじめて名前を伺う方もあり、圧巻でした。中でも印象深かったのは「ミスター半導体西澤潤一氏。「闘う独創科学者」の異名と「頭っぷしが強い」という評が氏の構想力の強さを想像するのにぴったりな言葉だと思いました。(「頭っぷしが強い」という表現ははじめて聞きましたが、雰囲気はよく分かります)。また、佐々淳行氏が「武家の家風と内務官僚の気風」のあった人、という話は「危機管理がライフワーク」という点で、大いに納得しました。また、日本の都市計画家、多摩大学教授の望月照彦氏の「構想博物館」は「自分の頭の中にある」との話がユーモアがあって面白く、印象に残りました。偉業を残すには「構想力」が不可欠と思いましたが、その形は人それぞれで、強さや、持って生まれたもの、環境、柔軟性など、いろいろな要素があり、奥深さを感じました。次回もまた楽しみです。ありがとうございました。
すべてのリアクション:
Akiko Suzuki
 
 
  • 「新・代表的日本人 飛翔する構想力(③)」どうもありがとうございました。圧倒される数の構想力の人が登場しました。今まで知らなかった人、あまり有名でない人についても数多く知ることができました。1970年の大阪万博から2005年の愛・地球博まで環境デザイナーとして万博の構想に関わり、愛・地球博では総合プロデューサーを務めた泉真也氏。東京オペラシティに4500点のコレクションを遺した寺田小太郎氏、若い頃は日本のソフィアローレンと呼ばれ服飾評論家、エッセイストとして活躍し、日本の民族衣装としての和服の着付けの工夫で2001年現代の名工となった市田ひろみ氏、毎日のようにお世話になっているウェザーニュースの石橋博良氏など、印象に残り、もっと知りたいと思いました。構想力に乏しいと思われる日本人ですが、飛翔する構想力を持った人たちが実は数多くいて知られていないだけだということがよく分かります。一人一人が、このような飛翔する構想力を持つに至ったのはどのような経緯があったのか、深掘りしていきたいと思いました。最後の、仕事にAIを導入する話題の中で、どの業界、どの人も多くの時間と労力を書類づくりに追われ費やしているということが出てきて、確かにその通りだと思いました。つまらない書類づくりからどれだけ解放されるか、期待したいと思います。
  • 久恒先生、皆様、昨夜はありがとうございました。初めての幸福塾参加。日本の先人たちはすごいですね。構想する力、確かに日本に今、欠けているのはここですね。私はアイデアは出てきますが、では、それを現実化することは得意ではないので、何何だったらいいのに奈あーで終わります。先人は何かのきっかけから、それを現実になるように進めていった。どんな頭の使い方をされたのだろう?見てみたいと思いました。もっと先人たちを深く知ることで日本の行き詰まりが、突破できるかもしれないと思いました。なかなかに幸福塾、濃いです。そして、ど図解✖️AIも使える日が楽しみです!
  • 今回はこれまでの最多数の人物について紹介いただきました。具体的には、泉真也、中村哲、寺田小太郎、志賀信夫西澤潤一佐々淳行高山辰雄中村雄二郎稲盛和夫平松守彦森英恵市田ひろみ、流政之、望月照彦、丸谷金保、石橋博良、椎名武夫、石井米雄(敬称略)の計18人です。このうち、書籍やメディア等で知っていたのは、5人(中村哲佐々淳行稲盛和夫森英恵市田ひろみ)だけでした。 今回の人選は、日本だけでなく世界(特にアジア地域)に影響を与えた方とのことで、シリーズ3回目にして、大きな功績のある方がまだまだたくさんおられたことを知り、メディア情報しか興味を持っていなかった私の世間知らずさというか、視野の狭さを痛感しました。そして、それぞれの独創的なビジョンや目的を、長い時間をかけて実現させたという事実を知り、テーマである「構想力」のある人の凄さに驚きましたし、年齢に関係なく活動し続け、まわりを巻き込んで活躍されていたので、正にアクティブ・シニアだと思いました。毎回紹介していただく「代表的日本人」。知らない分野で活躍された方の登場をこれからも楽しみにしていますので、よろしくお願いいたします。
  • 今回のテーマは、「新・代表的日本人」シリーズからの「飛翔する構想」。各界で活躍された6名の人物を通して、未来を切り拓く構想力とは何かを考えさせられました。
    医師としての枠を超え、アフガニスタンの地に用水路を築いた①中村哲さん。美を見出し、見えない価値に光を当てた造園家で、美術収集家の②寺田小太郎さん。テレビ黎明期の放送文化を記録し続けた③志賀信夫さん。科学で日本の未来を拓こうとした④西澤潤一さん。国の危機を現場で支えた⑤佐々淳行さん。そして、心のあり方を企業経営に持ち込んだ⑥稲盛和夫さん。 この6人に共通していたのは、「未来への対する想い」と「行動する構想力」でした。現実の壁を超え、想像から実現へと踏み出す姿に感銘を受けました。
    また大変な状況であったり、不完全でも、迷いがあっても、まずは1歩踏み出すことで未来につながる道の一部になるかもしれないとを教えられました。
    構想とは、こうなってほしい未来を信じて動くことが大切であることがわかりました。
    私も、地域や仕事の現場やライフワークで少しでも希望を形にできるように、一歩一歩踏み出していきたいと思います。
     

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ADK創業者の稲垣正夫氏が死去 「全員経営」掲げ一代で業界3位の地位築く

「名言との対話」4月16日。稲垣正夫「その土地の砂になれ」

稲垣 正夫(いながき まさお、1922年10月27日 - 2015年4月16日)は日本の実業家。享年92。

愛知県豊橋市出身。 外務省勤務を経て1956年広告代理店旭通信社を4わずか人で創業。「全員経営」の理念に基づき1997年には、電通博報堂に次ぐ3位になった。1999年、第一企画と合併し、アサツー・デイ・ケイとして再スタートする。稲垣は2010年まで社長、会長をつとめた。ドラエもん、クレヨンしんちゃんなどのコンテンツの制作に関わる「アニメのアサツー」の基礎を築く。

私はビジネスマン時代、電通博報堂とよく付き合ったが、いつの頃からか、「アサツー」を知るようになった。その創業者が稲垣正夫だったのだ。

稲垣には儒教を中心とする東洋思想とへの深い理解と満州体験があり、中国語に堪能であった稲垣は、中国で幅広い人脈を持ち新華社通信社と業務提携したほか、米英の広告世界大手と資本提携するなど海外事業も広げた。2015年の「お別れの会」には、程永華駐日中国大使も献花している。

 「全員経営」が稲垣の経営理念だった。その内容は、適材適所、経営者意識の共有、努力に報いる公平な成果配分という3つの原則である。若い人にも「さん」で呼んで丁寧に接していたのも全員経営の表れだろう。

「植福」という考えも持っていた。これは幸田露伴が名著『努力論』で述べた「惜福」「分福」「植福」に影響を受けたのであろう。過去に自らが蒔いた種が芽を出し今の自分を創っている。将来にわたって幸せであり続けるように、今から幸福の種を蒔いておくこと、精進し続けることを勧める言葉だ。人に福を植えて育てるという人材育成の言葉でもある。

2008年にはフランス政府から芸術文化勲章オフィシエを受賞しているのも目についた。日本での「ロン・ティボー国際音楽コンクール ガラ・コンサート」に19年に及び関わったことが授賞理由だ。この勲章はコマンドール(騎士)、オフィシエ(将校)、シュヴァリエ(騎士団長)と順番に権威が高くなる。毎年の定員は順番に450名、140名、50名。

1970年代、80年代には中国を中心に積極的に海外戦略を主導している。その時の方針は、「その土地の風習システムに馴染まずして、文化である広告の営業はできない」とし、人事の抜擢条件は長期コミットであった。それが「その土地の砂になれ」という名言になった。