
イラン戦争の6週間が示す世界史的意味――本質・教訓・展望と日本の課題
イラン戦争と呼ばれる六週間の軍事衝突は、二十一世紀の国際秩序を根底から揺さぶる出来事であった。この戦争の本質を明らかにした上で、そこから引き出される四つの教訓を整理し、ユーラシア全体に広がる地政学的な展望を示し、最後に日本が直面する課題を論じる。
一 戦争の本質
この戦争を主導したのはネタニヤフ政権下のイスラエルである。その目的は、ヒズボラへの打撃やシリア情勢の変動によって弱体化したシーア派の盟主イランに対し、決定的な一撃を加えることにあった。米国はヒズボラ攻撃への関与を通じて「やめられない」状況に引き込まれ、事実上の共同交戦国となった。この構図の深層には、中東における一神教間の近親憎悪とでも呼ぶべき宗教的対立があり、「イスラムの核」を排除するという目標が潜んでいた。一方、この混乱の中でパキスタンが新たな仲介者としての役割を担い始めた点も注目に値する。
二 戦争の教訓
第一の教訓は「相互依存の過敏性」である。イランが保持するホルムズ海峡カードは有効に機能し、世界経済がエネルギー供給の一点に依存する脆弱性を改めて露呈させた。だからこそ、多国間協調の不可欠性が浮き彫りになったのである。
第二の教訓は、米国のレジティマシー(正当性)の完全喪失である。トランプ大統領は「イランを石器時代に戻す」「文明を消滅させる」と公言した。これは近代知そのものの否定であり、米国が長年にわたり主張してきた道義的権威は完全に失墜した。
第三の教訓は、非対称戦争の恐ろしさである。四月九日現在の報告によれば、米軍の死者は十三人であったのに対し、イラン側の死者は約二千四百人、負傷者は三万二千人以上に達した。かつてベトナム戦争では米軍だけで五万八千人が、イラク・アフガニスタン戦争でも六千八百人が犠牲になったことと比較すれば、現代の戦争がいかに質的に変化したかが分かる。圧倒的な技術格差のもとで一方的に人命が失われる構造は、戦争の倫理そのものを問い直す事態である。
第四の教訓は、国際社会の復元力である。四月二日には米国の法律専門家百七十三名が「イラン攻撃は国際法違反である」との声明を発表し、ローマ教皇レオ十四世も中東への平和メッセージを発した。こうした動きは、国際社会が暴力に対して自律的な修復機能を持ちうることを示している。
三 ユーラシアの連結性――今後の注目点
この戦争を契機として、ユーラシア全体の秩序再編が加速している。第一に、四月十二日に行われたハンガリー総選挙は「欧州の欧州化」、すなわち米国依存からの脱却を問う試金石となった。第二に、イスラエルとアラブ諸国を結んだアブラハム合意は事実上終焉し、湾岸産油国の失望は深まっている。第三に、ロシアと中国が仲介の動きを見せ、影響力を拡大している。米中接近の予兆すら観測される。第四に、トルコやインドが独自の外交行動を展開し、既存の国際秩序の枠組みを超えた多極的な再編が進んでいる。
四 悲しい日本の沈黙
しかし、こうした激動の中で日本は沈黙を続けている。この沈黙は深刻である。世界が大きく動いているまさにこの時、日本が何を主張するかが問われている。岩波書店の雑誌『世界』五月号は「不条理な戦争を拒否する勇気と構想」を執筆した。日本が果たすべき役割は、国連を機能させるための多国間協調の推進にほかならない。米国への加担によって失うものはあまりにも大きい。
「相互依存の過敏性」が支配する世界において、米国の正当性は失墜し、ユーラシアの秩序が再編される中、日本の沈黙は歴史的代償を払うことになる。国連を機能させる多国間協調こそ、今この時代に日本が果たすべき唯一の道義的役割である。

戦後日米関係の特異な連結性はなぜ転機を迎えているのか
一 戦後日本の成功モデル
戦後日本の繁栄は、1951年に締結された日米同盟を起点とする特異な国家戦略のうえに築かれた。日本は安全保障をアメリカに大きく依存することで防衛費を抑制し、限られた資源を経済成長に集中させる「軽武装経済国家」という路線を選択した。この戦略は見事に奏功し、日本は通商国家として目覚ましい経済的成功を収めた。いわゆる「ネーション・ビルディングの成功モデル」として国際的にも高い評価を得た。
同時に日本は、国連、世界銀行、IMFといった多国間協調の枠組みに積極的に参画し、国際社会の責任ある一員としての地位を確立した。こうした成功モデルの土台には、日米間の活発な人的交流もあった。訪米日本人数は2000年にピークとなる約506万人に達し、両国間の相互理解を支えた。
二 人的交流の変容が映す断層
しかし、この人的交流はその後大きく変容する。訪米者数は2025年には約195万人にまで減少し、ピーク時から約6割の落ち込みを記録した。内訳をみると本土が約97万人、ハワイが約73万人、グアムが約25万人であり、本土訪問者の8割はニューヨークやロサンゼルスなど沿岸部の大都市に集中している。つまり、トランプ支持層が多く暮らす「内陸のアメリカ」に直接触れる日本人はごくわずかであり、日本人のアメリカ理解には深刻な偏りが生じている。人的交流は量だけでなく質においても変容しており、それが現在の認識のズレの一因となっている。
三 アメリカの変質
21世紀に入り、日本の成功モデルの前提であったアメリカそのものが大きく変質し始めた。第一に、ホワイトナショナリズムの台頭に象徴される自国利害中心主義への傾斜である。第二に、WTO、国連、NATOなど多国間協調の枠組みから距離を置く姿勢が顕著になった。第三に、ベネズエラへの圧力やイラン侵攻の危険性にみられるように、国際法を軽視する傾向が強まっている。
在日米軍を巡る認識のズレも深刻である。トランプ大統領は「日本を守るのに協力がない」と繰り返し主張するが、実態としては駐留経費の約7割を日本が負担しており、そもそも在日米軍は日本防衛のためだけではなくアメリカの世界戦略遂行のために配置されている。こうした事実と政治的言説との乖離は同盟関係の信頼基盤を蝕んでいる。
さらに、2026年5月のトランプ大統領訪中は、米中二大国による世界秩序の再編、いわゆる「G2論」の現実味を一気に高めた。これは日本が長年前提としてきた「日米同盟で中国に対抗する」という戦略の根幹を揺るがす動きである。
四 日米関係の再設計という課題
こうして戦後80年にわたり日本の繁栄を支えてきた日米の特異な連結性は、アメリカ自身の変質によって根底から問い直されている。日本が直面する課題は、多国間協調主義と非核平和主義という堅持すべき方針を軸としつつ、「日米同盟で中国に対抗する」という従来の認識と、米中接近というアメリカの現実との深刻なズレを直視し、新たな対米関係を再設計することにある。過去の成功体験に安住するのではなく、変わりゆくアメリカの実像を正確に捉え、日本自身の外交的自律性を高めていくことが、いま何よりも求められている。
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4月19日:久世光彦。岡潔。
久世光彦「うまくやろうと思うな。その先に広い世界はない」
矢野博丈「仕入れは格闘技だ」
松本竣介「画家は作者の腹の底まで沁みこんだものしか描くことはできない」
岡潔「人は極端に何かをやれば、必ず好きになるという性質を持っています。好きにならぬのが不思議です」
千宗室(第15代)「伝統と伝承」
宮崎輝「夢のない企業には、進歩も成長もない。盆栽経営ではやがて枯れる」
木村次郎右衛門「責任の重さみたいなのを痛感している。1日でも長く元気でありたい」
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「新・代表的日本人」4月19日。岡潔「人は極端に何かをやれば、必ず好きになるという性質を持っています。好きにならぬのが不思議です」
岡 潔(おか きよし、1901年〈明治34年〉4月19日 - 1978年〈昭和53年〉3月1日)は、日本の数学者。理学博士(京都帝国大学、論文博士)。享年76。
大阪市生まれ。三高、京都帝大理学部卒後、そのまま大学に残った。湯川秀樹、朝永振一郎らに授業で感銘を与えている。1929年、フランスに留学し3年間を過ごす。1932年に帰国し広島文理大学助教授。病気で辞任し故郷で研究生活に入る。
戦後の1949年、奈良女子大教授。定年退官後には京都産業大学で「日本民族」という教養科目を講義した。文化勲章受章者である。
岡潔は高名な数学者である。多変数複素関数論において数学界に多大な貢献をし、幾何、代数、解析を一体とした分野を開拓した。業績があまりに広範囲であり、一人のなした業績とは信じられないといわれた。
20世紀が始まった1901年に生を受けた数学者である。同い年には昭和天皇やウォルト・ディズニーなどがいる。数学者としての業績は素晴らしいが、岡の書くエッセイが多くの人に喜ばれた。私たちの受験時代には、入試の試験問題にも多く採用されていた。晩年には「日本民族」という講義を持つなど、日本論を語る憂国の士という印象を与えている。
岡潔『日本のこころ』(講談社文庫)を読んだ。以下、抜粋。
数学教育の目的は決して計算や論理にあるのではない。かたく閉じた心の窓を力強く押し開いて清涼の気がよく入るようにするのにあるのだ。
民族の色どりと、その人の心の色どり。一致する人を、私は純粋な日本人といっている。
芭蕉や道元。私は芭蕉は純粋な日本人だと思っている。道元の『正法眼蔵』(岩波文庫)、なかんずく「上」から、自分は純粋な日本人であるという自覚を、いわばスミ書きすることができた。
仏教では知、情、意を総称して智と言う。智が働いていると思うその智を分別智と言う。分別智が働かなくなる境に真の智力が実はよく働いているのであって、これが無差別智である。真智とも言われている。
仏教では心を九層にわけています。心の奥底が第九識です。これは生命それ自体であってこれは姿に現われません。 その上の第八識は、個人、民族、人類、獣類、爬虫類、魚類、単細胞生物、その前は教わっていませんから知りませんがこういった個人の過去の一切を蔵する所だといいます。 その上の第七識が小我の本体です。 その上の第六識を意識といいます。 その上を前五識といいまして、眼耳鼻舌身と言いますが、見る聞く等の五官です。 第六識はこの前五識を統べ、自身第六の感覚器です。これが心眼です。 人の肉体はこの心の模型です。 それで相当個所をいいますと、 第八識は大脳皮質部に極まっていると思います。 第七識は全身ですが、その中心は大脳前頭葉です。 第六識も大脳前頭葉です。 かように大脳前頭葉には六、七の二つが同居し、心は下ほど力が強いですから、小我の中心自我を抑止しなければ、心眼は開きません。
一、二、三歳では母が愛と信とを教え、四、五、六歳では父が信と欲とを教えて道義の根本を教えるべきだ。心が幼いころに育てられるとすれば、とりわけ義務教育が大切であることはいうまでもない。
宗教と宗教でないものとの違いは、孔子と釈迦やキリストをくらべればはっきりする。孔子は「天、道を我に生ず」といっていたが、この「天」は「四時運行し万物生ず」といった大自然の行政機構のことである。また「仁」については説けず、ただ理想として語り得たにすぎない。孔子の述べたものは道義であって、宗教ではなかったといえるだろう。
宗教の世界には自他の対立はなく、安息が得られる。しかしまた自他対立のない世界は向上もなく理想もない。向上なく理想もない世界には住めない。
私たちの国というのは、この、人という水滴を集めた水槽のようなもので、水は絶えず流れ入り流れ出ている。これが国の本体である。
個人について見るに、楠正成の妻は、夫の敗死を知るやただちに正行たちを育てることに専念した。国についても同じことであろう。敗戦の痛手を治すには、よい母たちを育ててよい子たちを産み、よく育ててもらうのが何より大切だ。
進駐軍が日本人を職工にしてしまおうと思って始めさせた教育だろう。
教育は、生まれた子を、天分が損なわれないように育て上げるのが限度であってそれ以上によくすることはできない、これに反して、悪くする方ならいくらでもできる。だから教育は恐ろしい。
日本は危険な方から危険な方へとだんだん歩き続け、その歩みを止めない。それは今日もなお続いている。
この先日本が立ち直るのに、十分百年はかかる。それから国内を整備するのにもう百年、残る百年で生物の絶滅を救わなければならない。
教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないだろう。
六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。
以上だが、この警世の書『日本のこころ』は、1961年から1965年までの5年間にわたって書かれている。それから60年後には精神の危機が訪れるという予言である。それは2021年から2025年がそれにあたる。まさに今である。翻って今の日本をみると、日本人が持っていた良さが急速に失われており、岡潔の予言のとおりになっていると感じる。
また、岡潔は物事に極端に入って行けという。極端に何かをやるとはどういうことだろうか。興味のある対象にのめり込んでいくのがこれにあたるだろう。寝食を忘れて徹底的に対象にハマっていくと、好きになっていく。この言葉はよくわかる。
興味がなかった対象に挑むことになった。仕事で異動し苦手だろうと思っていた新しい分野を担当することになる。それをピンチと考えるか、チャンスと考えるかが成長の成否を決めるのだ。
組織に属しているなら仕事は選べないことが多い。それにもかかわらず活躍している人はまるで天職のように振る舞い、輝いているのを目にする。こういう人は普通に仕事をこなしているのではなく、極端にそのテーマに取り組んでいるのだ。処理ではなく問題を解決しようとしているのである。問題の解決を面白がっているのだ。高いレベルで問題を解決するクセをつける、そういう経験が積み重なっていくことがキャリアを磨くということなのだ。
中庸、バランス人間の集まりでは、未来はない。きっかけは何でもいい。ものごとに極端と思えるほどに、打ち込もう。必ず好きになり、自然に上手になっていく。その延長線上に創造の世界がある。そこに到達する人を増やすことが、低迷をようやく自覚しつつある日本を再建する鍵なのだ。