小中陽太郎「いい話グセで人生は一変する」(青萌堂)


先日小中陽太郎先生の出版記念の会に呼ばれた。江戸川橋の小さなスナックを借り切って行われた会には、芸能界、市民活動家、政治家、メディアなど様々な団体や業界の人が入り乱れて坩堝(るつぼ)の如く、怪しいが親しみの湧く、ゆるいが愉しい雰囲気であった。

小中陽太郎という名前を初めて聞いたのは、大学生の頃だったと思う。ベトナム戦争が時代に大きな影を落としていた時期に、小田実と一緒に戦争反対の運動を巻き起こしたベ平連ベトナムに平和を!市民連合)を率いていた颯爽たるリーダーだった。NHKのディレクターだった若き小中は、番組制作の過程で組織との軋轢を産み、組織から離れて市民運動の中に飛び込んでいく。
さて、小中先生は一口で何と説明したらいいいのだろうか。「作家、評論家、日本ペンクラブ理事」という肩書が今回紹介する本に載っているが、何か物足りない。この独特の存在感をどう表現すべきだろうか。

探検部員であった私は大学を卒業して、日航に入社するが、探検の推進者であった梅棹忠夫先生の名著「知的生産の技術」(岩波新書)に触発されて創設されたビジネスマン勉強会「知的生産の技術」研究会(知研)に30歳で入り熱心に活動を始めた。

この会で、小田実とも知り合い大阪の勉強会で司会をしたり、その前後にコーヒーを飲みながら、持論となりつつあった「図解」の話をしたこともある。その知研で著名人の書斎を訪ねる企画をつくり、小中陽太郎先生の自宅の書斎を訪ね、それが本にもなっている。小中先生はその後、私たちの会に何度も講師として来ていただいた。

小中先生と会うと、いつも春風に吹かれているような感じを受ける。年齢の若い私たちにも暖かい関心を寄せて丁寧に接していただけるし、幅広い教養と人をそらさない会話と態度などまさに人間関係の達人である。自由で明るくそして闊達な空気の中で、立場や年齢を超えて、小中先生を台風の目にして友人関係が広がっていく。

その小中先生が珍しいテーマで本を書いた。「いい話グセで人生は一変する」(青萌堂)がそれである。

全編を一気に読んで、小中先生のまわりに多くの人が集まることに大いに納得した。偶然に出会った人と縁を結び、その糸を大事につなぎ、大きな絵姿に織り込んでいく、その秘訣が語られている本だ。まさに人間関係の名手による名著である。

キリスト教の聖書理解を土台とした深い知識、国連の事務総長の英訳・セクレタリージェネラルは全体の秘書役であるという解説などの豊富な知識、東西の古の偉人のエピソード、そして同時代の井上ひさし田原総一郎久米宏など親しい著名人との交友を通じた観察など、そのディテールが主張に納得感を添えている。

人間関係をスムーズなものにするのは座持ちの技術である、というのがこの本の全体を通底する思想である。好意を持って相手を立てる、適度なあいの手を入れる、言い足りない点を補足させるような質問をする、観察力をもとにしたユーモアの推奨、コーディネーター論、サッカーのミッドフィルダーにような司令塔、というように会話にあたっての膝を打つようなアドバイスに溢れているので、大変に参考になる。特に若い人には役に立つだろう。

この本のもっとも大切なところは、会話術のディテールもさることながら、常に全体の場を見ながら自分の役割を考えよ、というところだろう。
言語と言語以外のコミュニケーション手段を用いて、場全体に奉仕せよ、主役の座を降りプレイヤーをアシストする、場を支配するのではなく団結が深まるように振る舞え。そういったことを身に付けるると大きな報酬をもらえる。それは、友情と尊敬と愛である。
これは単なる座持ちの思想ではない。民主主義という思想はこういった考えのもとに運用されなければ、なかなか果実を得ることはできないのではないか。これはある種のリーダーシップについての本ではないか。こういった民主主義の作法は小中陽太郎が永年関わってきた市民運動を通じて得た運動論についての叡智だろう。

一つのことがらについて賛否さまざまの主張があるが、普遍の真実という論争は不毛のように思う。それを主張する人の性格が内容に大いに影響をしているのではないだろうか。
小中先生自身も自分には「たいこもち」の性格が少しあると言っているように、この本の考えは、そういった性格の人にふさわしい主張があるように思うが、違う性格であっても大いに参考になる。

現在の日本は、合意の形成に手間取っているようにみえる。あらゆる組織や団体、運動でも内外の関係者との合意形成が難事である。社会的合意形成の理論と技術が未熟なために、社会のあちらこちらで混乱が起こっている。
私自身は、定性情報と図解思考と顧客視点という武器で、社会的合意形成というテーマに挑んできたので、小中先生の「話グセ」という視点は小さいようで、実は社会変革の実践に於いて重要なポイントであることがわかる。
全体と部分、鳥の目と虫の目、説得ではなく納得、みんなを巻き込んでいく、関係を大事にする、、、こういったことを、私の「図解コミュニケーション」では大事にしているのだが、小中先生のこの本の考えには大いに共感を覚える。