児玉博『テヘランからきた男-西田 厚聡と東芝機械』(小学館)--企業の事業展開、人事、マネジメントについて考えさせる優れたノンフィクション

児玉博『テヘランからきた男-西田 厚聡と東芝機械』(小学館)を読了。

 イランで現地採用され、業績をあげて東芝という名門企業の社長になってアメリカの原子力事業を6400億円で買った栄光の経営者。であったはずだが、それが契機となって東芝は奈落の底に落ちこんでいく。異端の戦犯経営者の告白を中心とした東芝問題の実像を大宅賞作家が描いたノンフィクション。児玉さんは先週お会いした方。

テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅

この本は、企業の事業展開、人事、マネジメントについて考える恰好の材料だ。

・ 西田(1943年生まれ)という人物はいかなる人物か?「情報を集めるだけ集め、学び、考え、判断していく。これを繰り返す」「勉強家」「庶民的で気さくな性格」「負けず嫌い」「起床は4時半。集中」「情報を集めろ、重層的にしておけ」「営業にいく国の成り立ち、歴史、思想的背景、思想家、民族の英雄、、、」「常に、5-6冊の本を読む」「読書せよ」「就寝前には藤沢周平作品」「日本、世界を東京からではなく、パリやボンなどから見れることが必要」「どうしたらできるかを考える人」「1973年イランで現地採用」「経済、政治、文明、文化の知識、教養がビジネスで問われる」「学問の世界だけでは自分の人生が実現できない」「時代に中におかれた個人」

テヘランの現地採用から始まり社長になった西田の選択と集中とは?半導体事業に1.7兆(東芝メモリー)、WH買収に6千億という大胆な投資を行った。東芝セラミックス東芝EMI、東芝不動産、銀座東芝ビルなどを売却した。

東芝を絶望の淵に落とした原子力事業買収とは何か?ブッシュ政権による原子力ルネッサンス。中国は2030年迄に原発140基建設。インドは現在の20基に加え30基以上の建設。2025年迄に170兆円に成長と予測。2030年迄にアジア・アフリカで156基の新規需要。世界潮流は加圧水型原子炉(PWR)。中国は2050年には500基導入を目指している。原発は安全保障と密接に結びついている。2011年の東日本大震災によってコストが大きくかかる構造になっていった。原子力事業を甘くみていた。

・WH買収の実態?企業価値は2400億円。2700億円で落札。当初は最大4000億円と見込む。結果として6400億円で買収。WHはショー・グループから疑惑まみれのS&Wという建設会社をプット・オプション付き(ショーが売りたい時には東芝は買い取る)で買収。原発建設の遅延でWHとS&Wは深手の傷を負い、損失を流し続けた。しかし、東芝はそういう事態に眼をおおっていた。現地企業をマネジメントができなかった。

・西田会長と自らが後継指名した佐々木社長の確執:「社長室からどなり合う声」「選んだ者と選ばれた者が歯をむき出すようにして罵り合う」「顔を合わせない」、、。人事抗争によって沈みゆく東芝を大物OBたちは見て見ぬふり。粉飾決算。つくられた数字で成り立つ会社へ。盟主が去った後の経営陣は烏合の衆と化した上場企業とは思えぬ体たらくをさらし続け、経営者会議は何も決められない。人事抗争と人物の払底。

東芝の石坂泰三、土光敏夫などがつとめた財界総理といわれる経団連会長職を望んだとされる異端の経営者によって、名門東芝という巨大企業が原子力という「神の火・悪魔の火」に関わる事業展開で転落するストーリーをロングインタビューで構成した優れたノンフィクションだ。

 

「名言との対話」12月04日。リルケ「現在もっている最上の力より以下の仕事をしてはならない」

ライナー・マリア・リルケRainer Maria Rilke1875年12月4日 - 1926年12月29日)は、オーストリア詩人作家シュテファン・ゲオルゲフーゴ・フォン・ホーフマンスタールとともに時代を代表するドイツ語詩人として知られる。

リルケは、ロダンとの交流の中で芸術観に感銘を受けて「言語」を通じて対象に迫ろうとした。ロダンの対象への肉迫と職人的な手仕事は影響を与え、抒情を捨てさせた。リルケロダンの私設秘書となって講演旅行に付き添った。それを『ロダン論』にまとめている。

「旅はたった一つしかない。自分自身の中へ行くこと」

リルケは日本では森鴎外によって紹介された。堀辰雄立原道造ら『四季』派の詩人に影響を与えている。

詩人・村野四郎に圧倒的な影響を与えたのはリルケである。それはハイカラ趣味の源泉でもあった。「リルケの詩はその都度、いつも私が辿ってきた各段階にふさわしい新鮮な示唆を与えてくれた」と言う。

小説家・野上弥生子は「現在もっている最上の力より以下の仕事をしてはならない、とするリルケの言葉は私たちも死ぬまで忘れてはならないものであろう。」と述べて仕事に没頭している。「後日に思いを残す未練が生じないように、その時点において思い浮かべるすべてを書き尽くすつもりで集約の気分に発してとりかかる姿勢を常に私は基本方針としていた。」と、谷沢永一がいうのと同じ厳しく固い決意である。最上の仕事の連続が生きている証となって結実するのだ。持てる力を十全に発揮した仕事をしよう。