作家はサッカー選手?ーー阿川弘之の名エッセイから

k-hisatune2009-08-19

作家の阿川弘之が、「文芸春秋」の「同級生交歓」というコーナーの次のページにある「エッセイ欄」に毎月身辺雑記を書き継いで、9月号で149回目になっているから、もう12年以上にわたって続いている。数えてみると1908文字ほどだから、毎回原稿用紙5枚弱という長さだ。文春を書店で手に取ったり、買ったりするとかならず読むことにしているエッセイである。

9月号は「カキがつく」というテーマだった。カキが船底にこびりつくと航行のスピードが遅くなるため、時々ドックでカキを落とす必要がでてくる。同じように作家にも虚名が生じるとそのカキガラが本人をいい気にさせて、言動がおかしくなる。司馬遼太郎の手紙を引き合いにだし、自分にも若干の虚名がついた事件があり、その時の人々の反応を記した文章である。一人は医者で老人性鬱病になる話だった。

もうひとつ、息子との電話の平成11年秋の会話が記されている。

航空会社の仙台支店に勤務する当家の三男26歳が電話を掛けて来た。取引先の業者に
「君のお父さん、今度勲章貰ふんだって?」訊ねられたので、
「はい。もう貰っちゃったようですけど」さう答えたら、
「お父さん、何をする人?」
「作家です」
「ああ、Jリーグの関係か」と言はれて、それ以上は説明しませんでしたが、よかったでせうか、一応ご報告までといふことであった。久しぶりに私は声立てて笑ひ出した。まことに結構。これなら「虚」も「実」もありはしない。一般社会へ顔を出してみたら殆ど「無名」だったわけだ。落ち込んでいた気分がよほど楽になった。

、、、カキガラがらみの身辺雑記として、読者にちょっと聞いてもらひたかったのである。

阿川弘之先生には航空会社勤務時代、もう18年くらいまえだったかにお会いしたことがある。広報誌にエッセイを書いてもらったときに部下の言動で何かトラブルが生じ、責任者の私がご自宅にお詫びに行くということになった。この先生は海軍に関する書物やエッセイを書いており愛読していたので、「五分前の精神」で約束の時間の5分前にベルを押してうかがった。その時に日本海軍に関する日ごろの読書が役にたちすっかりご機嫌を直してもらった記憶がある。その後、社内論文の審査委員長をお願いしたこともある。

息子の尚之さんは慶応義塾大学の総合政策学部長、娘の佐和子さんはエッセイも書くタレントである。

さて、この三男とは仙台で、酒を飲んだことがある。平成11年ころだったから、ちょうどこのエッセイに書かれてあるようなことがおきた時期だったと思う。童顔の少年っぽさを残した青年だったが、10年前だからもう30代の半ばになっているはずだ。「瞬間湯沸かし器」というあだ名のあるお父さんの話と、本人の今後のことなどが話題になったが、いまはどうしているだろうかと、ふと懐かしく思った。

教養や思想に、ユーモアをからめて書く短いエッセイには、いつもほのぼのとさせられる。こういうエッセイをブログに書けるようになるといいのだがなあ、、、、。