寺島実郎「大中華圏」(NHK出版)--ネットワーク型世界観の誕生

寺島実郎さんの新著「大中華圏」(NHKブックス)を読み終わった。
2004年あたりから耳にしてきた内容が、進化し統合されて、巨大な世界観となって結実した日本人のための思想書と言ってよいだろう。

数字で大きな流れとをつかむだけでなく些細な動きをも見逃さず、そして頻繁な移動を伴う自らの体験で五感を稼働させて現場の空気に触れて洞察する。そういった独特の方法論としなやかな感性で、中国という巨大な昇り竜を対象に持続的で粘り強い思考が展開されている。

対立と包含の世界観から、ダイナミックなネットワーク型世界観への転換を迫る日本と日本人のための指針がここにある。

以下、概要。

冷戦の終了後、旧社会主義国はロシアにしても東欧にしても経済は一向に離陸しない。その中で中国だけは唯一大きく発展しつつあり、既に経済規模では日本を超えた。
その要因はネットワーク型発展にあるというのが本書の洞察である。13億人を超える陸の中国は、華僑・華人が多く住む香港・台湾・シンガポールという島々からなる海の中国のエネルギーを取り入れながら発展を続けている。この姿を凝縮して表現したのが「大中華圏」という考え方だ。
世界における大中華圏の経済規模は2011年においては11.8%となり3位に日本の8.4%を凌駕している。購買力平価でみると日本は6.4%であるが中国は16.2%と2倍であり、大中華圏では18.4%と3倍近くに達している。
日本との貿易では、アメリカは11.9%に落ち込んでいるのに対し、中国は20.5%、大中華圏では29.8%、そひてアジアは50.2%とついに半分を超えた。因みに中東は増えて11.1%、EUは減って10.5%、ロシア1.8%となっている。
大中華圏はインターネット普及率が高い地域であり、中国自体は人口が多く40%台であるが、台湾・シンガポール・香港はいずれも75%程度でアジアの中では4位から6位の地位を占めている。大中華圏を行きかう人の流れは1.2億人となり、また文字を媒介とした情報技術によって相互コミュニケーションが活発になって結びつきを深めている。台湾とシンガポールとの提携関係(陸軍、、)も見逃せない。

香港は、中国の海外からの投資の6割以上が経由し、海外からの投資の中継地点の役割を担っている。人口700万超の香港には年間3000万人に迫る中国からの来訪者があり、香港経済を支えている。
台湾は、中国とは実質的な自由貿易協定を結んでおり、台湾企業の本土での生産立地が急速に進んでいて、上海付近には100万人を超す台湾人が移住している。人口2300万人の台湾はステルス国家(見えない国家)でもある。日本企業が台湾企業と合弁で中国に進出した成功例は多い。そういう企業は解決力が高く、反日暴動でっも攻撃対象にはならなかった。
シンガポールは、大中華圏の南端にありアセアン諸国とのつなぎめにあると同時にロンドン・ドバイバンガロールシンガポールシドニーと一直線に連なる「ユニオンジャックの矢」の根にあって、大英連邦のネットワーク上に位置している。インドなどアジアとアメリカをつないIT基盤インフラ、バイオ研究センター、メディカルツーリズム、アセアン諸国と格安でつなぐチャンギのLCC専用ターミナル、ソフトウェア、カジノ、金融サービス(イスラム金融、、)といった目に見えない財を創出する力を持つ「バーチャル国家」の成功モデルだ。人口518万人のシンガポールは一人当たりGDPは5.4万ドルで3.7万ドルの日本の1.5倍ほどだ。

こうした香港・台湾・シンガポールという海の中国からの投資は中国の対内直接投資の6割を超す状況にある。

大中華圏の実体化に伴って、中国はこの大中華圏ネットワークを政治的にも利用し始めている。それが尖閣問題である。このネットワークは相互古流と相互依存の関係にあり、互いに影響を受けやすくなる「相互依存の過敏性」が生じている。大中華圏は中国にとって両刃の剣である。

楊外相は2012年9月の国連演説で、1895年の日清戦争後の下関条約で清国が台湾を日本に割譲し、同時に「台湾に附属する尖閣諸島」を日本が奪い取ったと主張した。割譲を受けた台湾とぼうこ諸島には尖閣諸島は含まれていない。つまり尖閣諸島は台湾のテリトリーではないという了解であった。
1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は中国に対して台湾を返還すること、そして沖縄は日本に潜在主権があることを米英は認めている。サンフランシスコ平和条約には中国も台湾(国民政府)も代表権問題が未解決のため署名していない。
その後、1972年に沖縄が日本に返還される。その際、尖閣は地図上でも返還される地域として明示されている。
そうすると中国が下関条約を根拠に領土権を主張するなら、1951年から1972年までの間に、尖閣が沖縄に含まれるのはおかしいと主張すべきだったはずである。下関条約を根拠にした中国の主張は無理があることがはっきりした。

周近平には農村下放と米国体験がある。格差問題への関心と米国への理解と共鳴がある。ここを理解した上で付き合うべきだ。

北京オリンピックの頃から中国は「中華民族の歴史的成果」「中華民族の偉大な復興」という言葉を使い始めた。「社会主義」というイデオロギーで中国を束ねることはできなくなった。その模索の上で55の少数民族、6000万に及ぶ在外の華僑・華人を含む統合の概念として、「中華民族」というキーワードが登場してきた。

日本への提言。

  • 西洋周辺型ではなく、中国周辺型でもない、創造型のモデルを模索していかねばならない。
  • 大中華圏を飲み込むような大きな気概を持たなければこのテーマには向き合えない。
  • 覇権型世界観からの脱却が必要。全員参加型秩序の時代。
  • 影響力最大化のためのゲームという視点。
  • 日本は、戦後民主主義を踏み固めること、そしてアジア太平洋の国々との相互信頼を築く。
  • 日本の価値は、技術を持った産業国家として、技術によって新しい付加価値を生み出し、新しいイノベーションを通じて国際社会に貢献することだ。実態経済と技術を大切にする視点。
  • 日本自身も台湾、韓国などとのネットワーク型発展の中にある。日本のネットワーク型発展と大中華圏のネットワーク型発展をつなげて考える発想。

あとがきで、著者は本質的な意味で大中華圏を脅威だとは思わないと言っている。中国の挑戦は欧米近代化模倣路線であり、人類にとっての創造的な実験ではないからと言っている。

日本は、現実には米国との日米同盟に守られた「核武装経済国家」として歩んできた。2011年から始まった貿易収支の赤字は、さらに拡大するだろう。「通商国家モデル」は転機を迎えている。

日本人として大中華圏と向き合う構えが問われることになる。