リレー講座の受講者の感想・その2

リレー講座の受講者の感想が届いた。先に書いたのは学生だったが、今回は大人。

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11月20日に行われた多摩大学リレー講座で久恒啓一教授の講演を聞いた。題名は「日本と中・韓・台・朝の歴史教科書にみる東アジア近代史の位相」。題名の上に「鳥瞰図説」というのがついている。
久恒さんと言えば、図解の創始者として有名。わずか二十数年で日本中に図解をはやらせてしまった人だ。
彼は上記題名のとおり、東アジアの中学・高校歴史教科書の翻訳書をよみくらべて、それぞれの国が自分の国の少年にどういう歴史教育をしているのか、という事実を浮かび上がらせた。台湾、北朝鮮まで入れているのは珍しい。北朝鮮は教科書の翻訳が手に入らなかったので、在日朝鮮人学校に行って教科書を調べ取材したそうだ。
以上の作業は、単に教科書の読み比べだけではたりず、相当に深い歴史の理解が必要であるから、久恒さんは1年間はくたくたになるほど勉強し、中国、韓国、台湾、対馬まで行って調べ、それで圧倒的ともいえる説得性を示すことに成功した。
わずか1時間ちょっとでこれだけの内容を話すのだから、大変だが、図解というものの伝達力はすばらしいものだと改めて感心させられた。

話の順序は、まず日本史を15分で図解で概観し、次に東アジアの教科書の全体概観、対日に関する部分を図解で30分、その次に東アジア近代の事件史を図解で10分。そのあとは「現代日本とアジア・世界:2030年を展望」と題した視点を10分で述べた。

近現代は日本が朝鮮半島、中国を侵略し、韓国、北朝鮮、中国は侵略された被害国であることである。この事実を否定することはできない。予想されるように、日本政府は自虐史観を青少年に植え付けたくない一心から、教科書会社に加害の最小の事実認定をすることを許しているが、韓国、北朝鮮、中国、台湾はおしなべて反日一色である。
それぞれの国がどういう自国の歴史を青少年に教えているかは、ざっといえば、自国にとって不都合なことは空白ということである。中国は少数民族問題、辺境支配問題などについては加害国であるが、完全に無視している。中国共産党が勝利するまでの歴史を述べている。
台湾はもともと独立志向が強い国であったから、台湾史として編集し、日本統治の50年間はその功罪を述べている。功の方はインフラ整備、産業振興をしたことを挙げている。
韓国の教科書は、古代に日本に漢字、儒教仏教を伝え、数々の職人が技巧を日本に伝えたことを述べ、、それなのに倭寇、秀吉の出兵で日本に相当痛めつけられたことを述べている。
北朝鮮関東大震災の時、6000人の韓国人が殺されたことを特記。あとは共産主義教育というところである。
さて、日・中・韓にとっていちばん論争になったセンシブルな事件は南京大虐殺、毒ガス・細菌戦・生体実験事件、従軍慰安婦東京裁判である。
これについてそれぞれどういう記述をして居るか。
南京大虐殺」では日本の教科書、「詳説日本史」(山川出版社)、「日本史B」(三省堂)は、日本軍は多数の中国人を殺害した、人数は4万人(秦郁彦)、20万人を下らない数(洞富雄)と記述している。中国、台湾はともに殺害された者は30万人としている。
「毒ガス・細菌戦・政体実験」では山川出版社の「詳説世界史」では中国戦線で毒ガスも使用、満州で毒ガス研究、細菌兵器研究(731部隊)、中国人、ソ連人に対して生体実験をしたと記述している。中国の教科書はこの3つをかなり大きく述べて居る。生体実験に使えわれた中国人は3000人に及ぶとしている。台湾は人類史上の一大惨劇としている。
従軍慰安婦」については日本の「詳説世界史」(山川)は戦地に設置された施設に朝鮮、中国、フィリピンから女性が集められたと記述している。韓国の教科書は、女子挺身隊として若い女性が強請動員され、軍需工場で酷使したほか、一部の女性が従軍慰安婦にされたとのべ、今日両国間で過熱した問題となっている。
東京裁判」に関しては、日本の教科書「詳説世界史」(山川)はアメリカは天皇制を占領支配に利用しようとして戦犯にしなかった。国家の支配者が戦争犯罪人として裁かれるのは例のないこと、インドのパール判事、オランダのレーニングらが反対意見を述べたことなどを書いている。
中国は、アメリカは自己の利益から日本人戦犯を免訴にした。日本の天皇制を残した。
台湾の教科書は、東京裁判は日本の台湾・朝鮮・植民地統治の犯罪行為。そのたアジア各国に対する戦争責任は精算されていない。それが現在もトラブルの原因となっていると指摘している。

さて、久恒さんは以上の事実関係を述べた上で、最後の展望に入った。
私が講演を聞いた感想を述べると、久恒さんは、それぞれの国の少年むけ歴史教科書の実体を、客観的に述べ、一切自分の意見や感情を挿入するようなことをしなかったのは、見事な態度だった。これを聞いた私は、それぞれの国が自国民に教える教科書だから当たり前なことだな、と納得した。私は戦時中中国の天津に居て、南京事件、毒ガスによる村民皆殺し、生体実験などの話は現地除隊兵から聞いていたが、兵隊たちは絶対箝口令をしかれていたから内地に居た人はほとんど知らなかっただろうと思う。
南京で何十人殺したとかいやそれほどでもないとかいう論争ばかりが問題になるが、日本人が一番心しなければならないことは、日本が侵略した何十年間、中国の南北経済は破壊され、対外貿易は封鎖され、攻城が接収されて近代化がストップさせられ、インフレが昂進して民衆が生活に悩まされたという事実を言う人がほとんど居ないということである。台湾、朝鮮で日本がインフラ整備したことは功の部分であるが、それはこの二つの地域が植民地ではなく、日本の「領土」であったことに関係しているので、日本人が自分の勲章にしてはならない。

久恒さんは最後に、鳥瞰図説という展望をやってくれた中に21世紀、日本人が生きていくカギがある。久恒さんは声高に言わずにそれを図解で感じ取らせようとしている。地球は全員参加時代、今後の歴史では、宣戦布告をともなう戦争は絶対起こらないだろう。国家がしずしずと退場し、教科書も国家が制定するものから、民間の良識有る人によって編集された自由で多様性のあるものに変わっていくだろう。地球全員参加時代の大きな目からみた深い視点、英知に満ちたものになっていくだろう。
大きな目からみたら小さな目は融ける!。
日本人の85%は戦後生まれになった。この人たちに戦争責任があるというのは無理であると思う。ただ、日本の戦争責任をはっきりさせる責任がある。これをしないかぎり、日本は全員参加時代に入れてもらえない。
東京裁判は間違って居た、あれは勝者の裁判にすぎないと難詰しても永久にこだまは帰って来ない。歴史は流れて行く。あれで一応けりがつき、サンフランシスコ条約で50カ国と国交が回復したのであるから、東京裁判は受け入れなくてはいけない。A級戦犯靖国神社に合祀せず、分祀すればいいだけの話で、それだけで中・韓との関係は飛躍的にうまくいく。
若者を代表する社会学者の古市憲寿氏は世界の戦争博物館を回って、『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)という本をこう述べる。アウシュビッツ博物館ではだんだん刺激的な展示物がすくなくなってきているそうである。中国の戦争博物館でも、あまり人が来なくなった、残酷な人骨展示は執拗に犯罪を訴えて居るが、最後は日中平和を訴えているという。人間の本性として時間が経つと恨みは次第に遠景に退いていく。いつまでも覚えていたくない、ということであろう。
いずれにせよ、久恒講演は、ものすごく広い視点、深い洞察から物事を見れば、自ずから英知がうかんでくるはずだということを問わず語りに覚らせてくれた。感謝!