兄弟会

神楽坂の「和らく」にて数か月ぶりの兄弟会。2時間ずっと笑い続けた。楽しかった。また、やろう。

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地研:近藤さんを紹介。インデザイン。スケジュール表。

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『平成時代の366名言集』のぺージ数が増えたのは、だんだん気合入ってきて、書いている分量が増えていることもあるが、白紙部分が多いためでもある。来年のために、「名言との対話」の一日の分量の目安を決めよう。1ページの人と2ページの人。1ページは800字。2ページは1800字。これを目安に書いていこう。このブログでは、1行40字だから、1ページの人は20行、2ページの人は45行。今日の中邨秀雄は19行。

note転載:1pは23行(34文字)。2pは53行。ここで修正していく。

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「名言との対話」7月3日。中邨秀雄「人は化けるのです」

中邨 秀雄(なかむら ひでお、1932年10月20日- 2015年7月3日)は、日本財界人、フリープロデューサー芸能プロモーター

関西学院大学卒業後、吉本興業(株)に入社。花菱アチャコのマネージャーなどをつとめた。テレビ課長時代には、テレビにタレントを出演させる戦略をとり「お笑いの吉本」の地位を不動にした。その後、制作部長、常務、副社長を経て、1991年社長に就任。社長時代には東京進出を成功させた。その後。会長、名誉会長を歴任した。

明石家さんまダウンタウンなど、人気芸人の宝庫ともいうべき吉本興業。日本の「お笑い界」を席巻する吉本興業の創業者が吉本せいだ山崎豊子の小説『花のれん』のモデルである。吉本興業の使命は大衆を「笑わせる」ことだった。人を観る。時代を先取りする。意見をよく聞く。そしていいと思ったものは失敗を恐れず断固実行する。吉本せい没した5年後に「お笑いの吉本」入社した中邨秀雄は、吉本のDNAであるこの路線を踏襲し、全国区に押し上げた功労者だ。

吉本興業 使った分だけ人とお金は大きくなる!』’中邨秀雄)を読むと、「化ける」という言葉が何度か出てくる。「卵の時に見て、これはいける、これは駄目だというのはわからない。人は化けるのです」。「チャンスを与えられた時に化けたタレントが、金の卵」。

俳優業や大相撲などで、突然うまくなったり強くなったりすることを、「化ける」という。人は狸に化けるのではなく、実力者に化けるのだ。中邨は化けるには、「実力4割、運4割、努力2割」という。そしてその運の中には、時代の動きもあるが、人との巡り合わせも入っている。素質を引き出してくれる伯楽と会えるか、これも運だ。人は、時の運と人との縁によって、化けるのである。