「久恒啓一の図解塾」第2講目ーー「箇条書き脳」から「図解脳」へ。

図解塾の2回目。受講者は17名。

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・とても面白かったです。あの場でも申し上げましたが、皆様のご発言から刺激を受け、様々なヒントを頂戴しました。 「ぐるっとパス」は、誰にどうアピールするのかが肝心だと思いました。来館者を増やそうという主旨が前面に出ると魅力あるものにはならないと感じます。「良さそうだなぁ」「行ってみようかな」「ここに行ったら自分がどう変わるのかが楽しみ」、、そんな事を思って貰う、客の幸せ目線で作ったら素晴らしいものが出来ると感じました。それもこれも皆様のご意見があったからこそです。ありがとうございました。

・9月23日の講座で学んだことは、・人が変化すれば、図解は進化する。だから、ベストの図解はない。・「図解は全体の構造と部分の関係を表す」ことが第1段階であり、そのためにキーワードだけで考えて図にすること。・要約とは100のことを80にすることではなく、100のことを120や150にすること。練習として、2つの言葉や3つの言葉だけで図解を作成した際、受講者ごとに違っていたことが印象深かったです。シンプルな言葉であっても、捉え方、伝え方が異なることが、図解のおかげで一目瞭然となり、箇条書きの文章よりも明確だなと実感できました。また、作者による図解の説明を聞いて、自分が図解を見て読み取ったイメージと異なることがあり、図解表現の奥深さに気づくとともに、それだけしっかり考えないと、見る側に伝わる図解にならないなぁと思いました。今日から1日1図に取り組んでいきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 ・どうもありがとうございました。今回、最も印象に残ったと同時に深く学んだのは、「関係学」というキーワードです。たった2つか3つの単語「自助・共助・公助」「安心・安全」「生命・身体・財産を保護」だけの関係でも人により様々な見方があるということを改めて知りました。これまで講演のメモや読書ノートなど、Wordなどに文章で書いてそれっきりでしたが、実はよく分かっていなかった、結局身に付かなかったということが多々ありました。これから、メモなどを取るときベタうちテキスト→キーワード→並べ替え→線で結ぶという作業をやってみようかなと思います。

・メモを取るとき、講義を聞くとき、どんなときでもすぐに箇条書きにしてしまいます。私の仕事図でも、つい箇条書きになってしまっていますが、なかなかそこから脱却できないでいます。キーワードとキーワードの関係性を考えていくことやキーワードからさらに新たなキーワードを探していくというようなことをしていくとより深まるのではと思いました。そして、完璧でなくても良いという言葉に安心をもらいました。1日1図、とまでいけるかどうかわかりませんが、トレーニングを増やし、みなさんの図にもコメントを書いていくようにしたいと思います。
・本日も貴重な時間をありがとうございました。"完成図はない"という冒頭の久恒先生のお話の通り、今日の講義を通じて常に進歩し、進化していくのが"図解"なのだと改めて実感致しました。頭の中が丸裸になり、人に見せるときに再確認する。更に、自分の頭の中を図に表すことは考えること。その蓄積が自分の糧になっていくという事を学べたのが印象的でした。"全体の構造"と"部分の関係"を分かりやすく紐解きまとめ上げていく論理的思考の構築こそが"関係学""図解""マンダライゼーション"へ繋がっていくと感じました。確かに、感情や慣れなどが入ってくると方向性自体が変わっていくのだと自分の企画書などを見て実感致しました。本日の3つの課題の中でも、頭の中は皆んな十人十色で考え方やお話を聞いている事でとても勉強になりました。後半部分で久米先生の"ぐるっとパス"の図を皆さんの意見で創り上げているときに、外の目から見てブラッシュアップしていく事の美しさも感じる事ができました。一見さん→常連→贔屓の様に一つのものを"極める"という視点と、心の豊かさを常に持って更に学んでいきたいと存じます。
・みなさまお疲れ様でした。「キーボードで羅列する単語」と「ペンで配置する単語」にこんなにも認識の違いが出るのか、という発見がありました。「関係学」これを取りこぼさずにつなげていくのが図解であることが理解できました。また、自分で図にしてつながりを発見する。さらに複数名で図を磨き上げる。そのそれぞれの楽しさを学ぶことができました。1日1図。難しそう。でもやってみたら楽しそう。来週もよろしくお願いいたします。
・本日もありがとうございました!・短時間でアウトプット→さまざまな図を見る→フィードバックと頭を揺らす感じが楽しかったです・図解で衆知が集まることを実感できました・図は恥ずかしく、何度もブラッシュアップしたくなるという感覚もよく理解できました・1日1図解やろうと思って結局やってこなかったここ2週の自分を恥じました→せっかくの機会ですので、図を探すだけでなく自らアウトプットをやることを繰り返します・ぐるっとパスはお得すぎる
・今日もありがとうございました。図解はやはり頭を使いますね。人それぞれの図解をみると、こんな考え方があるのかとさらに刺激を受けますし、面白かったですし、勉強になります。図解は関係を表せる、論理のあるものは図にできる。実際に図を描いてみると、関係性をどうやって表したらよいか戸惑うのですが、それが考えるということだと思いました。ぐるっとパスは是非利用してみたいと思います。
・本日もお疲れ様でした。一番伝えたいキーワードを選び抜く事、それがしみじみできる様に関係性を体系化して示す事、その為にいらない情報を削ぎ落とす事。少し分かった気がしたので体が自然と動くように実践して行きたいと思いました。次回は次週。インターバル短いので、緊張デス。
・印象に残ったことを中心に、第2回の感想です。今日、一番強く感じたことは、図解は、論理的なものごとについて、ひとりひとりが自分で考えて表現し、伝えあう、理解しあうことへのきっかけになる、ということでした。以下に、箇条書き(FBのコメントにも図解機能欲しい!)してしまいますが、上記のことが、ひとつひとつに宿っていると感じました。・正しい図はない。 →つい、まず、正解を探そうとする姿勢を改めないと。・大事なことは、自分で考えること →箇条書きは書き出しただけ。要素化し、関係を考えることで、論理と思考が深まるきっかけになる。・図は対話を産む。図は衆知を集めることが出来る。 →言葉は論理を抜きにした、不毛などちらが正しいかの対立を生む。  図は未完成でよい。そうすれば、みんなが自分の意見を言い始める。・図はみなの意見の要約になる →要約とは100を80にすることではない。100を120にも、150にもすることだ。・みんな違って、みんないい。 →言葉だけだと違いが分からないが、図にすると違いが明確になる。また、久米さん、いつもながら、有難うございました。ぐるっとパスの街歩きネタ、メルマガで投稿するようにいたします!なお、若干余談ではありますが、、今の日本の政治的なありように対する冷徹な視線にも、共感しました。
・短時間の図解作成は、「道場」にふさわしい「稽古」という印象ですし、メンバーの描いた図を相互に批評し合うのは「乱取り」に近く思いました。徹底的に箇条書き思考を排除するので、思考力が倍加します。
・皆様の図解を見まして、こんな考え方があるのか大いに参考になりました。図解で各人が書くことで、各人の理解の仕方が異なることもよく理解出来ました。久米さんの図解も非常に判りやすかったのですが、各人が色んな意見を出す中で、新しい視点が次々に見つかり、大変、勉強になりました。
・図解マイスターの久恒 啓一先生直伝の図解塾が、ただいま終わりました。たった二時間なのですが、脳が悲鳴をあげるほど酷使されました。まずは、菅新総理の「自助・共助・公助」、病院看板にあった「安全・安心」、消防法の「生命、身体及び財産」、それぞれの関係性を図解せよというワークショップ。たった、3語あるいは2語なのに、集まった十数名の塾生の解釈がみんな違っていたことに驚愕。言葉だけではいかに正確には伝わらないか実感しました。続いて、私が先日メルマガに書き、facebookで紹介した「ぐるっとパス7つの魔力」の図解がまな板に載せられて、みなさんの改善アドバイスをお聴きしたのですが、なるほど納得の内容ばかり。私の長年培った「箇条書き脳」を「図解脳」に変えるには、まだまだ修行が必要です。また、宿題で出された「自分の仕事図」は、このようにまだ未完成なのですが、最終回の発表に向けて、どのように進化できるのか。57の手習いですが頑張ります。
・ありがとうございました!3つのキーワードだけなのに様々な方の考えを見ることが出来て新しい発見でした。また、1つの図にいくつもの感想があり多角的に意見を得ることが出来、図がクリアーになっていくのだなと体感できました。
・本日もありがとうございました。本日の学びです。・図メモの習慣(聞く+考える+整理する+アウトプットで4回学べる)・1日1図 切実なことから書いていく・衆知を集めやすく、主導権を取りやすい・箇条書きは80%。図解は120%にできる。・手で考える・図は全体の構造と部分の関係
 ・今日も楽しかったです。ありがとうございました。短い時間で何件かの図解をこなす→みんなの図解を観る→気づくってのがとても勉強になりました。久恒先生がおっしゃってましたが、図解ができると文章がうまくなるというのは本当にそうだと思います。本研究室の学生は、①研究についてみっちり図解→②卒論の要旨執筆→③卒論全体執筆というのをやっております。
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14時まで大学でひと仕事。

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「名言との対話」9月23日。花田清輝「人生論以上につまらないものは、--さあちょっと思いあたりませんが、たぶん、その人生論の著者でしょうね」

花田 清輝(はなだ きよてる、1909年明治42年)3月29日 - 1974年昭和49年)9月23日)は、作家文芸評論家

福岡市生れ。1931年、京大選科在学中に「サンデー毎日」の小説募集に応じて「七」が入選昭和10年代には主として「文化組織」に評論を発表、戦後にそれらを編成し「復興期の精神」(1946)を出し、ユニークな評論家として注目された。やや難解なレトリックに満ちているが、現代を「転形期」として見すえながら変革をめざすその思想は、広い影響力を持った。52‐54年「新日本文学」編集長を務める。「アヴァンギャルド芸術」(1954)、「大衆のエネルギー」(1957)などを通じて芸術運動の新方向を開拓し、他方、埴谷雄高吉本隆明らとの論争を通じて、政治における心情主義を批判した。

 ・肉を斬らせて皮を斬り、骨を斬らせて肉を斬り、髄を斬らせて骨を斬るつもり

・論争の勝敗は、座談会の速記に、だれが最後に加筆したかによってきまるのである。

・文体は人体のようなものだ。

・批評とは「無数の砂粒の運動」、「砂の波の起伏の無限につづく、砂漠の運動」を取り上げることであり、その運動に加わることである。

巧みなレトリックとを駆使した文体を持つ韜晦の批評家であった花田は自らを精神のマッサージ師としていた。未来社の編集長だった松本昌次は「花田さんの文章はジャズです。ジャズのビートが感じられる」とうまいことを言っている。ビートが効いた文体から繰り出す恐ろしい真実の言葉にシビレタ人が多いのはよくわかる。

花田の軌跡を追って感じたことは、めまぐるしい生涯であったということだ。エネルギーが多いようで、仕掛けたことが実に多く、また関わった人も膨大であった。古谷剛正、高根養根、進藤一馬、野口米次郎、中野正剛安部公房加藤周一野間宏岡本太郎埴谷雄高宮本顕治大西巨人、木下順、、、思想の左右を問わない人だった。また世間の耳目をひく論争の当事者であった。高見順とのゴロツキ論争、荒正人らとのオラリスト論争、吉本隆明との転向論争、、、、。花田は常に論争をしていた。そして大学を除籍、編集長を解任、共産党を除名、など世間を騒がすことについては天下一品だった。

花田の「サラリーマン訓」は珍しいタイトルだと思って調べると、「長と名のつく社の幹部諸君にたいしては、つねに、アワレミの心をもって接すること」という調子である。一種の解毒剤として読まれたのだろう。「肉体の老化のテンポについていけずに、精神だけが、いつまでも若々しいばあいもあれば、その反対のばあいもあるのである」。このアンバランスを花田は老醜と言っているのも苦笑せざるを得ない。

極め付きは、「人生論以上につまらないものは、--さあちょっと思いあたりませんが、たぶん、その人生論の著者でしょうね」だろうか。全面的に受け入れるわけにはいかないが、もらった刺激は尋常ではない。

 

花田清輝評論集 (岩波文庫)

花田清輝評論集 (岩波文庫)

  • 発売日: 1993/10/18
  • メディア: 文庫