大学院「インサイトコミュニケーション」ーーテーマは「私の仕事」

大学院「インサイトコミュニケーション」の4回目の授業。テーマは「私の仕事」。3時間の長丁場。以下、受講生の学びのレポート。

  • 本日の学びと感想。1 図をブラッシュアップするためには鉛筆で書き、消しゴムで消す作業を3回は繰り返す。2 図解とは抽象化することである一方、リアリティを持たせるために具体的事象や数字を盛り込むことが大切。→ 自分の図解はシンプル化し過ぎ(長年、箇条書きで書くこと が習慣化している影響?)。書かれている内容について質問 したくなる図を目指したい。3 キーワードを出すことはできても、それを関係性を考えながら  図としてまとめあげることが難しい。自分で全体像をうまく捉えることが必要。4 毎回の図のパターン、構成がほぼ同じ。バリエーションを増や ことで厚みも出てくる。そういう点から皆さんの図を見ること がおおいに参考になる。
  • 私の仕事図の作成に取り組めたことが楽しかったです。最終講義までにブラッシュアップするにあたり、転職のタイミング、自分の趣味なども盛り込むと公人・私人・個人の見える化ができるのではないかと考えています。先生や皆さんからも指摘がありました「下に向かって書く」ことについてですが、上に向かって書きだすクセがあり気がついたら余白が下にしか残っていないためです。2ndバージョンでは、①自分を中心、②未来を上に書く、この2つの構図を決定してから全体の構成を決めていこうかと考えております。【学び】・専門家は「狭く・深く」、非専門家は「広く・浅く」。いずれも重要なのですが、「広く・浅く」とは「全体がわかること」「つながりがわかること」、つまり図解であるというお話が印象に残りました。図解があれば「タコつぼ」になることなく、物事を俯瞰的に見て、誰もが共通の認識・理解をすることができる最強のツールだと改めて感じました。・図解がクセになるように日々の小さなことがから図にするクセをつけていきたいです。
  • 授業で取り上げるテーマの順番発表の際に、「アンケートからわかった皆のお困り事にまず取り組みたい」という先生の考えに、生徒思いの優しさを感じました。ありがとうございます。自分を中心に仕事を俯瞰するきっかけになりました。次回の人生鳥観図も楽しみです。【学び】・部分ごとに図解し、それぞれの関係性を考えて全体像とする方法:私は図のバランスが悪くなって紙に収まらないことが多いのでこの方法を使ってみたいと思います。・3回は書き直すことを推奨。・今日の演習「自分の仕事図」自分の仕事を自分がどうとらえるか?を見える化する=「自分の理解を図解する」「図にできるのは理解している内容だけ」・関連性を表すために気にかけておきたい周辺情報もできるだけ記載する(最終消費者や影響を受けた人物、身に付けたいスキルなど)・洗練された仕事図にする工夫:公人/私人/個人の視点、目指す先は上方向、数字や具体性で抽象化された図に現実味を足す最終講まで、仕事図をブラッシュアップしていきます。以上、本日もありがとうございました。
  • 久恒先生、皆様本日もありがとうございました。【学び】① 図解はステップを踏んで仕上げていく。3回書いてみる、回数を重ねることで理解も深まってくるというところに共感致しました。物事を考える時も「これだ!」という結論に飛びつくことなく、「本当にこれでいいのか?」ともう一度考え、より成功する確率の高い手段を取る意識を持っていきたいです。② 得意先の先にあるもの⇒消費者(私の仕事の図解の気づき)久恒先生からご教示頂いた内容で、本当に意識出来ていれば図解に表現出来てたはずです。得意先の部分しか意識していなかったことに深く反省致しました。今回図解をすることで顧客目線、消費者目線の重要性を再認識でき、非常に感謝しております。③ 自分を「公人」、「個人」、「私人」で表現する。「個人」の部分を忘れがち。自己紹介をする際に整理できていると非常に相手も理解しやすくなると感じましたし、すっと入る自己紹介をされる方は確かに上記3点を抑えている気が致しました。「個人」自己成長等の部分を忘れがちということで、今回全体を通して言えることかもしれませんが、普段から自分自身を見つめどうありたいかを問い続けていくことが一番重要ではないかと感じました。喋りでカバーするタイプ(他人から見透かされるタイプ)から一皮剥ける為に、この大学院の学びを通じて自分自身としっかりと向き合い、今後のありたい姿を見つけていきたいです。次回講義も宜しくお願い致します。
  • 今日もあっと言う間の3時間!日頃、少しは考えているつもりでも実際に図に表そうとすると、足りないところあやふやな点がハッキリと解りました。「”自分の仕事” ”自分の人生” なんだから手をぬいてはいけない」「”私が真ん中(自己中)”でものを考えよ」など、図解解説以外の先生の言葉も刺さります。確かにそう。手間をおしんではいけない。同級生の皆さんの図解と解説・コメント、今日も参考になりました。次回は「人生鳥瞰図」、楽しみです。
  • 本日も講義ありがとうございました。やはり図解は難しいですが、皆さんの図解や先生の図解を見ることで内容がよく分かり、とても面白いです。図解を見て説明を聞くことで、より図解の中身に興味を持つことができると感じました。また、図解は相手によって受け取る印象も違うこともよく分かりました。今日の学びを元に、具体例や数字を組み込み、会社の今後や、旅行業との融合を掛け合わせた、よりわかりやすく前向きな図解が描ければと思います。
  • 第四講授業レポート学び&感想。1.コンセプトを明確しなければ、いい図解描けないです。図解だけでなく、仕事、あるいは人生でも。コンセプトを明確するのが大事です。2.色々線で図解を描けるのが勉強しましたが、うまく利用できなかった。点線で未来、出来ていないことを表すこと、勉強になりました。2つ線がある矢印の、線内にも書けることが全然思い出せなかった。3.皆様の図解は色々繋がりがありましたところは羨ましいです。今日、自分の図解はどうして、シンプルでしょうかと言うことが分かりました。細かいところまで行けなかったからです。4. 勉強したり、図解を描いたり、笑ったりして、今回の授業もあっという間です。楽しかった。次回の授業、楽しみしております。よろしくお願いいたします。

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永山で橘川さんと打ち合わせをしながら昼食。

電話:八木奥さん。すぎやまさん。

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「名言との対話」6月4日。田中健五「正義感ではなくて好奇心から」

田中 健五(たなか けんご、1928年6月4日 - )は、日本のジャーナリスト、編集者、実業家。

海軍兵学校、旧制東京高校、東大文学部卒。1953年に文芸春秋社入社。「昭和史」の半藤一利は同期入社である。てタカ派スキャンダル路線の田中と歴史探偵を標榜する半藤一利はそりがあわなかった。

新入社員時代は、池島信平編集局長から指導を受ける。『文学界』では、石原慎太郎江藤淳らと親交を結ぶ。『大世界史』の通史では、林健太郎ら学者と出会う。オピニオン誌『諸君!』初代編集長となり、本田靖春、柳田邦男、岩川隆らのライターを育てた。三島由紀夫には1970年8月に、政治的な思想についての原稿を頼んだ。三島は語り、それが「革命哲学としての陽明学」となった。その数か月後に三島の自衛隊乱入があり、それを田中は予想していた。

文藝春秋』編集長となり、立花隆児玉隆也を起用し、外国人記者クラブで、文芸春秋の記事にコメントしたのをきっかけに火がつき、田中角栄首相を退陣へ追い込んだ。「自民党というのは、ぬえのような存在で、洗い直すことはできなかったけど、立花君はクールにやったらどうだろう、と」と、回想している。

1977年『週刊文春』編集長。『タイム』『ニューズウイーク』のようなクレディビリティ(信頼性)のある週刊誌に変えると宣言し、週刊誌ブームの中で梶山季之らの助けを借り、上之郷利昭、上前淳一郎、田原総一朗ら若手ライターを起用し、『週刊文春』に革命を起こした。

1988年、第7代文藝春秋社長に就任。同じ路線の花田紀凱を低迷していた「マルコポーロ」の編集長に起用したが、ホロコーストは捏造とした記事で世界中から批判を浴びた「マルコポーロ事件」で花田を解任し、自らも社長を退任し、会長に退くいた。
毎朝、地下鉄の売店やまちの書店など3カ所を必ず回って自分がつくった雑誌の売れ行きをみる習慣をもっており、読者の反応を常に自分で確かめていた。名編集者として大をなした田中健五という人物は、どの仕事についても人脈形成を怠らなかったし、その都度、新たな挑戦をしている。その原動力は、正義感ではなかった。好奇心だ。「学歴のない田中角栄がなぜ首相になれたのか」。それは好奇心あふれる読者の目線である。メディアの退潮がいわれる現在も、独り勝ちの「文春砲」に今も田中健五の好奇心あふれる目線は生きているようだ。

 

 
 
 
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