「最後の将軍」徳川慶喜が20年住んだ「浮月楼」(静岡)で食事

静岡で泊まっているホテルは「浮月楼」という庭園の隣である。

この庭園は江戸幕府の最後の将軍・徳川慶喜が悠々自適、20年にわたって過ごした地である。

この庭園を観るために、懐石・吟醸桟敷の浮殿というギャラリー館で夕食を摂った。池の周りの木々の緑が美しい。春はさくら、夏は青葉、秋は紅葉で彩られ、野鳥の鳴声を聞ける東海の名園として有名である。食事前にこの庭園をひとまわりする。


徳川幕府の代官屋敷であった駿府のこの地を、水戸で恭順謹慎していた前将軍徳川慶喜が明治2年に手に入れた。当時日本一と言われた京都の庭師・小川治兵衛がつくった庭園を慶喜は20年の長きにわたって愛した。当時の年齢は33歳に過ぎなかった。人生の大仕事を終えていた慶喜は油絵、写真、自転車、狩猟などの趣味に興じた。慶喜東海道開通による喧騒を避けて、転居した。

その後、浮月亭という料理屋ができる。明治の大火、昭和の大火で現在は建物は消滅したが、庭園は生き残った。その間、伊藤博文井上馨、西園寺などの元勲が愛した。


吟醸酒を楽しみながら徳川慶喜の波乱の人生に想いを馳せる。


そういえば、ホテルの近くに渋沢栄一がつくった商会所跡の石碑があった。渋沢は慶喜の従者として静岡でも活躍したと聞いたことがある。青森の渋沢公園、東京飛鳥山の渋沢記念館には徳川嘉信との縁の深さを示す資料があった。この商会所はその後渋沢が全国につくったの商工会議所の前身だろう。