朝日歌壇より 「人みなに人格あるごと各村に村格あると村長語る」

月曜日の朝日新聞の「朝日歌壇」で紹介されている短歌から、気にいったものを選んでみた。
選者によって選ぶ歌の味が違う。今回は4人の選者の中で二人の選んだものがいいと思った。感性があうのだろうか。
日曜日には「日経歌壇」があり、二人の選者によって秀歌が選ばれているが、今回はいいと思ったものがなかった。

高野公彦選
 「生きてるよ」そのことだけを知らせんと出口をわずかに雪践みにけり(山形市・大沼武久)
 刺身、ポトフ、フルーツサラダ、さつま汁、吾子の短い帰省は終わる(福岡市・東 深雪)
 ひたすらに六十万個作り来し財布職人の五十五年了る(香取市・嶋田武夫)

馬場あき子選
 「忽然と雨に見舞わるビル街に男は走る女は歩く(東京都・近藤しげを)
 人みなに人格あるごと各村に村格あると村長語る(千曲市・五島光人)
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高野公彦
宇宙的なひろがりを持った静謐かつ濃密な空間を、しっとりとした浪漫的情緒でうたう歌を作っている。1941年、愛媛県生まれ。所属結社「コスモス」。東京教育大学国文科在学中より短歌を始め、コスモス短歌会に入会。宮柊二氏に師事。現在は、選者も務めるコスモスの代表的歌人。同人誌「桟橋」編集人。

代表作品
少年のわが身熱(しんねつ)をかなしむにあんずの花は夜も咲(ひら)きをり (『汽車の光』昭和51)
白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり (『汽車の光』昭和51)
みどりごは泣きつつ目ざむひえびえと北半球にあさがほひらき (『汽車の光』昭和51)
ことば、野にほろびてしづかなる秋を藁うつくしく陽に乾きたり (『汽車の光』昭和51)
精霊ばつた草にのぼりて乾きたる乾坤(けんこん)を白き日がわたりをり (『汽車の光』昭和51)
ふかぶかとあげひばり容れ淡青(たんじやう)の空は暗きまで光の器 (『淡青』昭和57)
雨月の夜蜜の暗さとなりにけり野沢凡兆その妻羽紅(うこう) (『淡青』昭和57)
青春はみづきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき (『水木』昭和59)
風いでて波止(はと)の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸(はやすひ)の海 (『水木』昭和59)
夜の暗渠(あんきよ)みづおと涼しむらさきのあやめの記憶ある水の行く (『水行』平成3)
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馬場あき子
古典文学や能への造詣が深く、女性の情念を形象化した、豊饒で香り豊かな歌を作っている。昭和22年まひるの会に入会し、窪田章一郎に師事。23年から中学高校の教員を務める。30年処女歌集「早笛」を刊行。古典、とりわけ能への造詣が深く独自な歌風を拓き、以後「地下にともる灯」「無限花序」「飛花抄」を刊行し、52年「桜花伝承」で現代短歌女流賞を受賞。

代表作品
楽章の絶えし刹那の明かるさよふるさとは春の雪解なるべし (『地下にともる灯』昭和34)
草むらに毒だみは白き火をかかげ面箱に眠らざるわれと橋姫 (『無限花序』昭和44)
母の齢(よわい)はるかに越えて結う髪や流離に向かう朝のごときか (『飛花抄』昭和47)
忘れねば空の夢ともいいおかん風のゆくえに萩は打ち伏す (『桜花伝承』昭和52)
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり (『桜花伝承』昭和52)
ここ去りて漂いゆかん道もなし膝つきてひくき水飲みにけり (『桜花伝承』昭和52)
夭死せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪白みそむ (『桜花伝承』昭和52)
夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん (『雪鬼華麗』昭和54)
捨て船と捨て船結ぶもがり縄この世ふぶけば荒寥の砂 (『ふぶき浜』昭和56)
わたり来てひと夜を啼きし青葉木菟(あおばずく)二夜は遠く啼きて今日なし (『葡萄唐草』昭和60)