雑誌「イコール」創刊号(5月)に掲載する企画の準備を開始

雑誌「イコール」創刊号(5月)に掲載する、下記の「知研責任編集版の見本」の企画に基づき、原稿依頼を開始しました。

本日

  • 「心の健康会議」の資料作成。
  • 4月の知研セミナーの日程は4月11日、講師は原尻淳一さん。
  • 今週末からの旅行(中津・小倉、奈良・京都)のために「名言との対話」の人選と資料を用意

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俳人の稲畑汀子さん死去 俳誌「ホトトギス」名誉主宰、高浜虚子の孫 伝統俳句の継承、普及に尽力|総合|神戸新聞NEXT

 

「名言との対話」2月27日。稲畑汀子「善意を持っての選句」

稲畑 汀子(いなはた ていこ、1931年1月8日 - 2022年2月27日)は、神奈川県出身の俳人。享年91。

横浜出身。小学生時代から祖父の高浜虚子、父の高浜年尾から俳句を学び、小林聖心女子学院専攻科中退後に俳句修行に専念し、祖父と父ととみに全国をまわる。24歳で結婚。

1965年『ホトトギス』同人、1977年雑詠選者。1979年父の後を継ぎ『ホトトギス』を主宰。1982年から朝日俳壇選者。1987年、日本伝統俳句協会を設立し会長。1994年、NHK俳壇講師、選者。2000年、虚子記念文学館(芦屋)を開館し理事長。2013年、『ホトトギス』を息子の廣太郎に譲る。

 

 

句集7冊、選集3冊、随筆15冊、随筆9冊、編著9冊。

以上の経歴をみると、稲畑汀子は伝統俳句の王道を歩んだ感がある。

以下、私の好きな句をあげてみる。

 今日何も彼もなにもかも春らしく

 どちらかと言えば麦茶の有難く 

 一枚の障子明りに技芸天 

 初蝶を追ふまなざしに加はりぬ

 君がため春着よそほふ心あり

 書初めの筆の力の余りけり

 看取りより解かれし冬を淋しめり

 花の道つづく限りをゆくことに

その句風を高浜年尾は「星野立子の句を虚子は「景三情七」といったが、汀子の句は「景七情三」といえる」としている。

俳句雑誌『ホトトギス』は、高浜虚子、そして子の高浜年尾、孫の稲畑汀子、曾孫の稲畑廣太郎(1957年生)と肉親が4代続いており今も健在である。「雛飾りつつ ふと命惜しきかな」と詠んだ虚子の次女の星野立子「写生」を引き継いでおり、自由、平明、清澄、清新な趣がある句を詠んだ俳人だ。虚子という俳句界の大御所は、高浜家を中心に俳句を「家業」とすることに成功したのだと感銘を受けた。

短歌の佐々木信綱の佐々木家は、こちらも子の治綱とその妻の由畿、孫の幸綱、曾孫の頼綱と定綱と続いている。 人物論をやっていると「家業」というものが近代において重要な位置を占めていることがわかる。継ぐか。捨てるかであるが、学問や芸術の分野においても「家業」というものの重みと凄みを感じることになった。

稲畑汀子の信条は「善意を持っての選句」であった。日本全国だけでなく、世界各地を吟遊ぶ融資、俳句の国際化にも大きな功績があった。俳句界にとって、名実ともに得難い人であった。

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描いた医

俳句かに

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

   
   
   
   
   
   
   
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
  稲畑汀子
花の道つづく限りをゆくことに 稲畑汀子
苗代寒さそへる雨となりにけり 稲畑汀子
落椿とはとつぜんに華やげる 稲畑汀子
見ることも松の手入でありしかな 稲畑汀子
見る者も見らるる猿も寒さうに 稲畑汀子
転びたることにはじまる雪の道 稲畑汀子
長き夜の苦しみを解き給ひしや 稲畑汀子
霧氷ならざるは吾のみ佇みぬ 稲畑汀子
 

 

景七情三。

 

7冊の句集。3冊の選集。9冊の編著。随筆は15冊、」